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小松 成美
2018/05/14

米スポーツ界の歴史を知ると、大谷翔平の活躍を安易に喜べない

小松成美が『スポーツ国家アメリカ』(鈴木透 著)を読む

『スポーツ国家アメリカ』(鈴木透 著)

 エンゼルスの大谷翔平が「四番・DH」でスタメン出場し、MLBを沸かせている。二十三歳の日本人青年をマーベルコミックのヒーローのように扱うメディアも少なくない。だが、私はもはや安易な熱狂に酔うことはできない。開幕直前にアメリカ史の第一人者の手による本書を丹念に読み、胸に刻んだからである。

 アメリカ型スポーツが誕生した十九世紀終盤からプロレスが大好きなトランプを大統領として担ぎ出した今日までを綴った文章に釘付けになったのは、超大国が抱える諸問題のすべてが列挙されていたせいだ。

 ロックフェラーやロスチャイルドが利権を握る「金ぴか時代」が「資本主義の限界を露呈させ、自由放任主義への信頼を打ち砕いた」ことから公正な競争を担保する独占禁止法が導入される。そのルールが用いられたのがNFLでありNBAだった。ベンチに退いても再度ゲームに参加できるリ・チャレンジの源流は特権への反立であった。

 ハリウッドに端を発した#MeTooは財務省にまで嵐を起こしたが、米国スポーツにおける性差別はあまりに露骨だ。「ランジェリー・フットボール」の写真には声を失った。

 私自身「Number」でマイケル・ジョーダンを取材したときには、英雄が人種差別を消滅させると信じた。だが、事はそう単純ではなかった。メディアや企業が選手の人気を賞味期限付きで利用し、さらに他国を低賃金で苦しめるビジネスが恒常化するのである。

 著者のアスリートたちへの憧憬は疑いがない。しかし、一方に渦巻く格差社会、人種差別、性差別、公的秩序の崩壊といった構図にも目を逸らさず冷静に向き合っていく。感情に支配された心が消そうとする視界を、事実に基づき丁寧に浮き彫りにするのだ。

 一大産業となった彼の国のスポーツの真実とその思想を、日本人は知らなければならない。なぜなら、すでに我々はその一部に荷担しているのだから。

すずきとおる/1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。慶應義塾大学法学部教授。アメリカの文化、社会を専門に研究。『現代アメリカを観る』『実験国家アメリカの履歴書』など著書多数。

こまつなるみ/1962年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。『中田英寿 鼓動』『五郎丸日記』『虹色のチョーク』など著書多数。