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連載春日太一の木曜邦画劇場

春日 太一
2018/05/15

「思い出」の楽園に浸る過去退行の大人達に共感!――春日太一の木曜邦画劇場

『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』

2001年作品(90分)/バンダイビジュアル/1800円(税抜)/レンタルあり

 かつて、横浜ベイスターズという野球チームがあった。

 一九九八年に日本一になるも間もなくチームが崩壊して低迷、二十一世紀に入り十五年間で十度の圧倒的な最下位を経験した。とにかく弱かった。観客は少なく、たまに現れたスター選手には捨てゼリフと共にチームを去られ、相手の監督に侮蔑の言葉を吐きかけられた。惨めだったし、シーズンが始まるのが苦行に思えた。が、なぜだかそんなチームがずっと好きだった。

 近年、親会社がDeNAに代わり、球団改革が進んだ。横浜スタジアムのチケットが取れないほどの人気になり、上位に進出することも珍しくなくなった。「これが見たかった風景ですよね」と声をかけられることも増えた。そんな時、筆者の心は空しくなる。

 今のチームに全く心が動かないのだ。これが「見たかった風景」なのか。否。気づけば、「あの頃」のことばかり話している。つらくて苦しくて歯がゆくて絶望しかなかった時代、でもそんな中でほんの小さな輝きを無理やりにでも見つけること――今思うと、筆者には愛しくてたまらない時代だった。だから、何もかもが「普通」に揃っている現状に愛着が持てないのだ。

 今回は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を取り上げる。公開時、大きな評判を呼んだ作品だ。今のベイスターズとの距離感を思う度、この作品のことが頭をよぎる。

 秘密結社イエスタデイ・ワンスモアは、自分自身の思い出と出会えるテーマパーク・二十世紀博を開催、大人たちを懐かしさに浸らせて世の中を過去に回帰させようとする。大人たちは子供たちを置き去りにして二十世紀博で遊び惚けてしまう。自らの両親を含めた大人たちを取り戻すため、しんちゃんは戦いに臨む。

 人それぞれの心にある「あの頃」への郷愁。その裏返しとしての「今」への居心地の悪さ。ワンスモアはそうした心の隙間を巧みに突いている。だがそこに囚われていてはいけない。過去と決別して今と向き合い未来を切り開く――作り手側はしんちゃんの戦いを通じてそう訴えかけてくる。

 理屈では、その通りだ。公開時も、そう思った。でも今は、ワンスモアに心から同調できる自分自身がいる。ベイスターズのことを考えると、自分はもう完全に「そこ」に囚われていることが分かるのだ。

 一体感ある応援で今のスタジアムのスタンドが盛り上がるほど所在なさを覚える一方、「あの頃」の郷愁に浸っている時間だけが居心地良くなってくる。しかも、しんちゃんのような息子もいないから、そこから出る必要もない。

 過去に浸って、何が悪い。