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EKIDEN Newsの細かすぎる陸上ガイド

2018/05/13

生粋の陸上オタク「ブレットさん」とは?

 カナダ人のブレットさんは、筝を学ぶために1997年に来日。そこで箱根駅伝に出会い、見事にその魅力にハマったそうです。さらに好きが高じて「なぜ日本にこんな素晴らしいレースがあることが世界で知られていないんだ!」と、日本の長距離レースを世界へ伝える「ジャパン ランニング ニュース」というサイトを2007年に立ち上げます。世界のレースを日本に伝えるならまだ分かるんですが、ブレットさんがやっていることはその逆。日本のマスコミも取り上げないような小さなレースまで海外に発信しています。しかも英語で。

 国立競技場で関東インカレの動画を撮るブレットさんをはじめて見たときは、海外のスカウトかと思いました。いつも僕の陸上オタク仲間と同じ角度から動画を撮っていたので、ツイッターを通じて交流がはじまったんです。行く先々で言葉を交わしていくうちに「これからは同じオタク同士、連帯をしようじゃないか!」と同盟を結び、動画や写真の貸し借りをすることになります。

 ブレットさんはその後、オタクの域を超えた活動をはじめていきます。毎年11月に埼玉上尾市で行われるローカルレース「上尾シティマラソン」をニューヨークシティハーフマラソンの主催者に売り込むのです。上尾シティマラソンとは、一見、ただのローカルレースですが、箱根駅伝への学内選手選考レースでもありますから、ぼくらのようなオタクにとってはG1クラスのハーフマラソンなんです。これで箱根出場が決まることもありますから、選手たちも必死にゴールを目指し、選手選考の目安となる、1時間一桁台を目指して“鯉の滝登り”のようにゴールになだれこむ。ところが海外の価値観で行くと、大学生がそんなタイムで走ることがありえない「クレイジーレース」らしいんです。そこでブレットさんは、その映像をニューヨークの関係者に見せて、交渉を重ね、なんと上尾シティマラソンの上位2名をニューヨークシティハーフに招待するというブレット枠を確保したんです! ただの日本陸上オタクが、世界でも人気のレースに枠を持つ。これはオタクのひとつの到達点ですよね。

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40キロ過ぎでトップに立ち2時間15分58秒で優勝した ©getty

日本人が世界で戦うためのブレットさんの「戦略」

 ところでブレットさんが選手をニューヨークに送り出すのには、彼なりの戦略があるんです。

 箱根駅伝でトップをとった選手の多くは卒業後、実業団に行きます。そこでうまくいけば、日本代表になれる。ただ、その道はブレットさんから見たら長過ぎるんです。もっとショートカットできる道はないか、と考えた結果、箱根駅伝オタクの彼は、箱根から世界へ、つまり、上尾からニューヨークへという企画を思いつくのです。そこには彼らしい、アイデアがつまってます。

 つまり、こういうことです。トラックやフルマラソンでは日本人と世界との差はかなり開いてしまった。ただ、箱根ディスタンスと呼ばれるハーフマラソンの距離であれば、箱根ランナーも世界とそこそこ勝負ができるんじゃないか。もしかしたら、極東の大学生がケニア人ランナーを負かしてしまうようなジャイアントキリングもおこせるんじゃないか。そういう箱根駅伝オタクが考えた夢のような企画なのです。今年2月におこなわれたニューヨーク・シティーマラソンには駒澤大学の片西景選手と伊勢翔吾選手の2名が派遣され、とくに片西選手は世界の強豪相手にレース終盤まで先頭集団にくらいつき、見事7位でゴールしています。

 そもそも、世界で戦うことを世界陸上とオリンピックに絞っているのは、日本人だけ。ケニア人たちは毎週のように世界のマラソン大会で戦っています。日本人も世界で戦うならもっとレースに出るべきだとブレットさんは考えているんです。