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20年目の情熱大陸「ハタチの天才4部作」は“情熱あるある”を超えていたか?

『情熱大陸』最古参の名物ディレクターはこう観た

2018/05/13
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ポスト井山裕太の「失意」をどう撮ったか

 被写体とディレクターの関係性に唸らされたのは「囲碁棋士 一力遼」だ。ポスト井山裕太の一番手として期待される一力さんを追ったこの回は、取材中、被写体にまったくいいところがなかったという、珍しいケースである。

4月29日放送 「囲碁棋士 一力遼」

「情熱大陸」は基本的に成功者の物語であり、そこに番組の強みと弱点が共存していると思うのだが、取材期間中被写体が一度も勝てない、というパターンはほとんど見たことがない。これはある意味で「おいしい」とも言えるが、それは結果論であって、その過程にディレクターとして立ち会うとなると気が重くなってくる。しかし三木哲ディレクターは、辛い状況にある一力さんと正面から向き合い、人間関係を良好に保ちながら、被写体の感情の揺れをカメラに収めた。番組の終盤、国内トーナメントで敗れた後に、動揺から目が泳ぐ一力さんの無言の表情。その後のインタビューでの「自信を持てているか」という問いから一力さんの答えへの流れは、確かな見応えがあった。

「すごい→普通→やっぱり普通じゃない」という構成

「映画監督 松本花奈」は、若者を撮る難しさに加えて、表現者を撮る難しさという、さらにハードルの高い企画である。17歳で撮った作品をあの岩井俊二監督が絶賛し、秋元康氏がミュージックビデオの監督に起用するという、恐るべき才能の松本さん。一流の表現者ならば、取材者であるディレクターの表現に対しても厳しいはず。私もこれまで劇作家の唐十郎さんや映画監督の園子温さんら、独自の世界観を持つ表現者を撮ってきたが、取材でも編集でも常に激しい緊張感が付きまとった。だが番組ではそんなことをまったく感じさせない、とてもフランクな松本さんが映っていた。

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4月22日放送 「映画監督 松本花奈」

 これは、松本さんの持つ本来のキャラクターに加え、申成皓ディレクターが松本さんとの良い距離感を保ったお蔭だろう。映画監督という、大勢のスタッフの上に立つ職業において10代で評価されたというからには、どれだけ才気走った天才少女が登場するのだろう、と思って観はじめると、拍子抜けするほど「普通」な女性が現れる。ビジネスという枠組みの中で、松本さんはむしろ物わかりの良い職業映像作家として描かれる。

 ところが後半、自宅で料理をする場面の辺りから、彼女の常識にとらわれない「不思議ちゃん」ぶりが見えてきて惹きこまれる。さらに、友人の編集機を借りてミュージックビデオの編集をするシーンでは、松本さんの狂気の片鱗が見え始めてくる。

(おそらく)彼氏でもない男友達の家に上がり込み、家主が寝ていようが出かけようが不眠不休で編集を続ける松本さん。ここで彼女が、明らかな「映像オタク」であることがわかる。そしてラストシーンの、申ディレクターが依頼した、松本さんが考えるハタチをモチーフにした映像作品では、彼女の決定的な非凡さが提示されるのだ。全体を通して観ると、「すごい才能の持ち主」→「意外にも普通な女性」→「実はやっぱり普通じゃない」という構成の流れの巧みさが光っていた。