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“危機の宰相”安倍晋三が辿り着けない「向こう岸」

「美しい国」と、政治家一族の孤独

2018/05/12

「危なくなってきたね。安倍さんの引き際、今国会が終わる頃(6月20日)じゃないか。(9月の)総裁選で3選はないね。これだけ、森友・加計問題に深入りしちゃったんだから」。小泉元首相は、週刊朝日4/27号のインタビューで、来年の参院選にむけての自民党内の動きを見すえ、政局をこう読むのであった。

 田中真紀子の名言「人間には三種類しかいない。敵か身内か使用人」に当てはめれば、安倍政治とは「敵(朝日新聞・あんなひとたち)か身内(お友だち)か使用人(忖度する官僚)」といったところだろうか。いま、友だち思いが過ぎたための不始末の措置に明け暮れている。

©getty

『美しい国へ』に出てくる、祖父・岸信介の「お友だち」


 友だちでいえば、安倍が敬愛する祖父・岸信介には、三輪寿壮という終生の友がいた。安倍が第一次安倍政権の発足を前にして著した『美しい国へ』を改めてひらくと、第六章に岸と三輪の間柄を書いた箇所がある。とてもいい文章なので紹介する。

《祖父の一高時代からの親友で、三輪寿壮という社会運動家がいた。労働争議関係の弁護士として活動し、一九二六年 (大正十五年)にできた日本労農党の初代書記長を務めた人物である。祖父と三輪は、目的は同じでも、そこにいたる道がちがった。三輪は目の前にいる貧しい人たちを救うために、弁護士として、また政治家として相談に乗り、運動した。しかし祖父の場合は、その貧しさを生み出している国家を改造しようとしたのである。》

三輪寿壮 ©共同通信社

 岸は、安倍が「あんなひとたち」と呼びかねない者とも通じ合った。三輪は社会主義者であり、戦前・戦後を通じて社会主義政党に参加する。岸はそんな三輪の死に際して、弔事を読む。また三輪との仲に限らず、戦後、社会党からも入党を誘われもする。「両岸」と言われたのはそれゆえであり、たんなるナショナリストに留まらないスケール感が、「昭和の妖怪」たるゆえんであったろう。

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