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両親の介護を通じて直面した「命の終末のあり方」──小池真理子×篠田節子

新刊『死の島』が問いかけること

 両親の壮絶な介護を通じて直面せざるを得なくなった「人間らしい臨終の迎えかた」。両親を看取り、新刊『死の島』で〈自ら死を選ぶことは罪なのか〉というテーマを問いかけた小池真理子さん。両親の介護の中で書いた『長女たち』で認知症を患った親と子の葛藤を描いて共感を呼んだ篠田節子さん。かねてから交流のある二人の作家が、自らの経験を余すところなく打ち明け、誰しもが向き合わざるを得ない問題に光をあてる。

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左:小池真理子さん 右:篠田節子さん ©石川啓次/文藝春秋

小池 最初に「死の島」と聞いて、何を思い浮かべましたか?

篠田 人によっていろいろあるでしょうね。福永武彦の小説を思い浮かべる人もいるし、ラフマニノフの曲を思い浮かべる人もいるだろうし。小池さんは、小説に出てくるベックリーンの「死の島」の絵から着想して書かれたんですか?

小池 いえ、必ずしもそうではなかったんです。あの絵はずいぶん前から知っていて好きだったんですけど、小説には結びついていませんでした。〈安楽死〉や〈尊厳死〉をテーマにして長編を書きたい、と思う気持ちのほうが先にあって、あとからあの絵がくっついてきた、っていう感じ。両親を看取った経験が、大きなきっかけになりましたし。以前、亡くなった父をモデルにした作品を書いたのですが……。

篠田 『沈黙のひと』(文春文庫)ですね。

小池 そう。あの後、認知症を患っていた母が、壮絶な亡くなり方をしました。最晩年の二人が、病んで衰えて息絶えていく様子や、そのときに受けた医療処置をつぶさに見たことが執筆の動機になりました。

自分らしく死ぬ権利

篠田 小池さんらしいと思ったのが、老いとか、介護とかそれだけの話にとどまらず、自分で主体的に死を選ぶというテーマが用意されていることです。

小池 自分らしく死ぬ権利についてですね。

篠田 この物語では、自分の意思で死を選ぶことについての議論がまずあり、また不自然な治療で命を引き延ばされるのを拒否したいという患者としての自然な気持ちも語られる。そこから、この主人公の澤登志夫(さわとしお)の死に方を通して、〈安楽死〉の是非とは離れて、文学作品として、〈自ら死を選ぶことは罪なのか〉という、もう一段階進んだテーマに突っ込んでいる。そこらへんがすごい考えさせられる。

小池 ありがとうございます。〈死〉と向き合わざるを得なくなる年代というのがあって、私ぐらいの年齢まで生きてくると死も病も特別のことではない。50歳くらいまでは、〈死〉はもう少し先にあって、見えているようで、よく見えてこないものでしょう? でも、もうこの年まで来ると、間近なものになる。

篠田 そうなんだよね。

小池 普段の生活の中に〈死〉が自然に組み込まれてくる。若い世代の人間からしてみたら、そういう風景って、きっとヘビーで暗くて陰々滅々(いんいんめつめつ)としてつらいものかもしれないけどね。でも、私にはそういう感覚はなくて。誰もが等しく〈死〉に向かって歩いている。そんなことをリアルに感じるようになったことが、『死の島』を書く動機につながったかもしれない。家族の問題もある。篠田さんのところにもうちにも子どもがいないでしょ?

篠田 そう。夫婦二人暮らし。

小池 篠田さんも、私の夫の藤田(宜永[よしなが]氏)も一人っ子。そういった意味では、近親者がどんどん少なくなる中で、私たちは老いていくわけです。〈死〉について考え、書くことは老いへの道に入った私には非常に切実なことでもありました。

篠田 澤は自分で死に方を考えて、実行しようとします。そこまで積極的にはなれないにしても、澤の昔の恋人・貴美子のように、在宅ケアをうけながら延命治療を拒否してひとりで死を迎えたいとは思いますよ。

小池 でも、貴美子は独身だったのよ。配偶者がいれば、少なくとも別のかたちがあったかもしれない。