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宇都宮 直子
2018/05/13

羽生結弦「五輪連覇を達成した瞬間のリンクで、私が目撃した全てのこと」

「オリンピック 魂の覚醒」

 五輪連覇の偉業を達成したとき、静かで心地よい興奮が会場を包んだ──。『羽生結弦が生まれるまで』などの著書があり、日本フィギュアスケート界を追い続けてきたノンフィクションライター・宇都宮直子さんが会場で目撃したすべて。4月21日発売の「オール讀物」5月号に掲載された記事を再録します。

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 これからするのは、ふたつき前の「興奮」についての話だ。

 2018年2月。韓国、平昌(ピョンチャン)でオリンピックが開催された。ノロウィルスによる集団食中毒が発生したり、交通システムが大混乱したり、ボランティアが大勢ボイコットしたり。そんな報道が続いていたころ、私は韓国に発った。

 高速鉄道KTXは、韓国の「新幹線」と聞いていたのだけれど、日本の新幹線のほうがうんとよかった。清潔だし、開放感がある。

 それに、KTXの扉は開くと、けっこう急な階段が現れる。高齢者や幼児、障がい者には優しくない高さだ(がん治療中で、関節痛を抱える私も苦労した)。

 ソウルを過ぎると、徐々に景色が変わった。ずいぶん、のんびりした。昔話に出てくるような景色の中、KTXは走ってゆく。

 いくつかの河は、凍っていた。雪はあまり積もっていない。陽が強く照って、地表のあちこちを、鏡みたいに光らせている。

 車両は満席で、賑やかだ。人の声は、大きかった。正直に言えば、うるさかった。せっかくの案内も聞き取りにくい(韓国語、英語の次に日本語が流れる)。

 平昌駅で、人が何人か降りた。でも、多くはそのままだ。終点の江陵(カンヌン)駅まで行く。江陵の駅前には、マスコット2体(白い虎とツキノワグマだ)が、楽しげに立っていた。

 写真を撮っている人がいた。ボランティアの人も、大勢いた。でも、予想していたような盛り上がりは感じなかった。

 街は華やぎより、季節の冷たさを思わせた。オリンピックの熱気や興奮は、限られた場所にかたまって存在した。

 スピードスケートやアイスホッケーや、カーリングやフィギュアスケートが行われる競技会場に、である。

 私は、そこへ行こうとしていた。江陵へは、フィギュアスケートを観るために来た。

剥き出しにした闘争心

 フィギュアスケートは、冬の華と言われている。すごく人気がある。とくに、日本ではそうだ。沸騰している。

 その熱さは、韓国へも届いていた。距離的に近いオリンピックは、ファンには喜びだったろう。たくさんの日本人が訪れていた。

 人気の中心にいるのは、なんと言っても羽生結弦だ。ソチオリンピックの金メダリスト。しなやかな強さと、タフな心を持っている。「王者」であることに、深くこだわっている。そんな選手だ。

©JMPA

 彼はいつも、勝とうとしていた。闘争心を隠さなかった。どちらかと言えば、剥き出しに、した。

 そういうスタイルは日本人には珍しかったし、彼をますます魅力的に見せていた。

 平昌オリンピックは、特別な大会であった。フィギュアスケートにとっても、彼にとっても、である。

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