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古民家リノベだけじゃない 「谷根千」行列店の粋な心意気とは

50年後の「ずばり東京」――「谷根千」下町と観光地の狭間で #2

2018/05/26

谷中・根津・千駄木からなる東京の下町「谷根千」。

筆者は1980年代からこの地域を見つめてきたのは、近年の変化として大きいのは、「観光」への傾きと、外国人の姿が増加した点だった。外国人向けのホテルも2軒オープンした。リピーターになった外国人観光客曰く、谷根千の魅力は街の雰囲気を楽しめる「ネイバーフッド(ご近所感)」だという。
 

※〈なぜ下町「谷根千」はリピーターの外国人観光客を魅了するのか〉の続きです。

まちづくりもよきビジネスに

 では、ここ数年で新しくできたお店や施設は「ご近所作り」に貢献できているのだろうか。

 前出の椎原さんは、2015年に上野桜木の古い家々を説得して「あたり」という複合文化施設を完成させた。パン、クラフトビールなどの店が入り、野外の長いベンチは食べたり飲んだりの客で賑わっている。

谷中ビアホール ©文藝春秋

 30年前、静かな住宅街で昼からビールを飲んで騒いだら、苦情が殺到しただろう。町の人も外来者に慣れたのか、口うるさい古い世代は雲の彼方に引っ越したのか。あえて辛口な意見を言えば、混みすぎて全体にテーマパークのような、フェイクな感じもする。一方で青空の下での飲食は楽しい。路地に子どもを放牧して、大人はベンチでおしゃべりもできる。

「森さんの頃はまちづくりはボランティアじゃなければいけない、という感覚でしたよね。でもそれでは若者や男性がまちづくりに参入できない。だけど行政に助けてもらうと補助金が切れたところで終わります。自分たちで事業を作り、それで暮らしが成り立たないとまちづくりも継続しないと思う」

あたり ©文藝春秋

 去年、まちあかり舎という会社ができた。社長は26歳の水上和磨さん。東大を出てリノベ専門の建設会社に勤めたが、3年で独立した。

 水上さんたちが目をつけたのは空き家だった。谷根千でも一人暮らしのお年寄りがなくなると空き家になる。郊外に住む子どもたちはそれぞれの場所で暮らしを確立しており、帰ってこなかった。

「空き家を活用して、再びそこに灯りがともったらいいなと思って会社名を付けました。朝倉彫塑館の前にある銅壺屋・銅菊さんが建物を壊すと聞き、見に行った4人で『ここを残してオフィスとして貸し出そう』と慌てて会社を立ち上げました。僕は事業計画を作って持ち主を説得、融資を受けて改修し、今年の春から大丸松坂屋の戦略企画室が借りてくださることになっています」

©文藝春秋

 確かに、これからの時代を切り拓くアイディアは、新宿や汐留の超高層ビルより、谷中の古民家から生まれるかも。疲れたら谷中墓地を散歩すればいいし。観光客向けの施設よりオフィスが増えたほうがいい。

 水上さん自身、昨年から桜縁荘という古民家に住んでいる。

「本郷は家賃が高くて普通の東大生は住めず、谷根千で古い家を探していました。社会人になって改めて探したらここが空いていた。元代議士の東京の住まいです。今度結婚を機に、1階を住まいと小さな図書室に、2階はひと組だけの宿にしたいと思っています」