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三浦友和×宮下奈都「こんなことってあるんだ、っていうくらい幸せな映画体験でした」 

映画『羊と鋼の森』公開記念対談

 100万部突破の本屋大賞受賞作が待望の映画化! 原作者の宮下奈都さんと、主人公で新米調律師の外村直樹を導いていく、運命の師・板鳥宗一郎を演じた三浦友和さんが、その感動の源流を存分に語り合う――。

左:宮下奈都さん 右:三浦友和さん ©石川啓次/文藝春秋

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三浦 宮下さんとお目にかかるのは、撮影現場に続いて2度目ですね。

宮下 対談という機会は初めてで、今日はすごく緊張しています。映画『羊と鋼(はがね)の森』で、三浦友和さんが板鳥(いたどり)さんを演じてくださると聞いた時は、家族も親戚中もいちばん盛り上がったんですよ。「すごい!」「でかした!」みたいに言われて(笑)。私の世代にとって三浦さんは憧れの大スターで、ご出演いただけたのが本当に嬉しかったことを、真っ先にお伝えしたいと思っていました。

三浦 完成した映画をご覧になっての感想はいかがでしたか?

宮下 本当にすばらしくて感激しました。特に印象的だったのは、主人公の外村(とむら)君に調律用のハンマーを渡すシーン。「そうか、板鳥さんはこんな風に渡したのか」と、私の方が教えてもらったような気がしました。

三浦 ハンマーを渡す場面は2回ありましたよね。

初めてお会いした時、プロの調律師の方にしか見えなかった

宮下 どちらも心に残りますが、2回目の方が深い意味を持ちますよね。演じ方にも違いがありましたか。

三浦 大まかに言うとですけど、最初は「頑張れよ」、次は「容赦しないぞ」というところですかね。

宮下 なるほど、厳しさが加わったということでしょうか。実は、私は板鳥さんを書いていても、ずっと顔がはっきりしていなかったんです。決して男前ではないし、ボーッとしているんじゃないかと想像していたんですが、三浦さんが演じてくださったことによって、板鳥さんはハンサムだったんだ、と書き変えられました。ただ、ロケの現場で初めてお会いした時には、そこに三浦友和さんがいらっしゃると分かっているにもかかわらず、向こうから歩いて来るのが、腕のいいプロの調律師の方にしか見えなかったんですよ。

©2018「羊と鋼の森」製作委員会

三浦 ありがとうございます。最大の褒め言葉ですね。

宮下 コンサートの場面だったので、ベテランの調律師さんがアドバイスに来てくれたんだと勝手に思い込んで……だから、私が初めて三浦さんをお見かけした時の印象は、そのままの板鳥さん、あるいは素晴らしく腕の立つ調律師さんだったんです。

板鳥さんは神様だった!?

三浦 今回のお話をいただく前から、『羊と鋼の森』の原作はすでに読んでいました。話題になった小説は欠かさずに読んでいるんですけれど、僕らの習性といいますか、つい自分に当てはまる役はないだろうかと思いながら読み進めてしまうんです。

宮下 そういうものなんですね。

三浦 作者の宮下さんご自身が、板鳥さんの姿を想像できていなかったとおっしゃっていましたけれど、僕も板鳥さんは具体的なイメージが浮かばなかったんです。ある意味、板鳥さんは神様のような存在というか、導いていく存在でしょう。登場場面は多くないけれど、たまにポッと主人公の外村君にヒントらしいことを言って、それが非常に重要だったりする。どこか人間離れしている感じがして、どんな人物が演じたらいいかまったく浮かびませんでした。もちろん自分ではないとずっと思っていましたし、出演のオファーをいただいた時は、「神様の役が来た!」と、本当に驚きました(笑)。