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「数字に強い」より「カラ元気」がいい――鈴木敏夫が語る「これからのプロデューサー論」

鈴木敏夫×大泉啓一郎『新貿易立国論』対談 #1

note

計算できる人は上手くいかない

鈴木 いやぁ、せっかく来ていただいたのに申し訳ないのですが、プロデューサーの機能や役割といったことは普段、考えていません。それを言語化したり、理論化することは意識的に避けています。

 映画という小さな世界では、おかげさまで日本国内では多くのお客様に観ていただきましたし、世界へ進出して、評価していただくという幸運に恵まれました。

 でも、自分の過去の仕事をまとめるようになったら、途端に保守的になって、失敗が始まる。そう思っています。とにかく過去をふりかえらない。すべて忘れる。

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大泉 忘れることが大事だ、と。

©石川啓次/文藝春秋

鈴木 ええ。常に、「いま、ここで何をすべきか」を考える。これがうまくいく秘訣だと本能的に感じているのでしょう。

 ふりかえってみても、過去には良いことばかりあったわけではありませんから、後悔することになる。一方で先のことも考えない。未来は憂えるものですよね、とくに頭のいい人たちにとっては。失敗するケースをいくつも想定できますから。

 過去を後悔したり、未来を憂えていたら、現在、目の前にある問題に、うまく対処できませんよ。

大泉 それが、プロデューサーとして成功なさってきた理由なのでしょうね。

鈴木 これまで私が見てきたプロデューサーや経営者の中で、成功した方々には一つの特徴があります。それは「計算ができない」ということ。

 過去を整理整頓できる、未来を展望できる。これは計算ができる人のすることです。こうした計算のできる人は、実際の行動には移さない。

 でも、計算のできない人は無茶を言う。それが経営の最も大事な部分かな、と思います。

 映画の世界でご説明しましょう。高畑勲や宮崎駿は、お金をつかう名人なんですよ。

 2013年に公開された宮崎駿の『風立ちぬ』と高畑勲の『かぐや姫の物語』では、これまでの経験から、あわせて100億円ほどの製作費がかかることが予想できました。日本映画は平均して1本1億円で製作されているのに。

大泉 たいへんな数字ですね。

自分には編集長が向いていないのかな

鈴木 ですから経済合理性にもとづいて考えると、誰がどうみても上手くいかない。でも、そうした状況を突破するためには、経済合理性に押しこめるのが不可能な場所に自分をおいてみるしかないのです。

大泉 とはいえ、鈴木さんご自身は数字にとても強いとうかがっています。

©石川啓次/文藝春秋

鈴木 そうなんですよ。自分で言うのもなんですが、数字を覚えることは得意です。

 私が徳間書店で「アニメージュ」という雑誌の編集長を務めていたときは、「珍しく数字に強い編集長だ」と言われていました。雑誌の編集長で数字に強い人はいませんから、逆に「自分には編集長が向いていないのかな」と思ったほどです。

 ただ、プロデューサーとしては、自分がもっている「数字に強い」という能力に自分でフタをします。その能力を仕事に活かしたら保守的になって、絶対にうまくいきません。猪突猛進でやるしかないのです。

大泉 どなたか数字面でサポートしている方がいるのではないですか? ホンダの創業者、本田宗一郎を、名経営者の藤沢武夫が支えたように。その方が予算の策定や、工程管理などを細かくやっておられるとか。

鈴木 必要なときは私が一人二役をやりますが、世の中に作品を送り出すときは、数字をすべて横に置きます。