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「数字に強い」より「カラ元気」がいい――鈴木敏夫が語る「これからのプロデューサー論」

鈴木敏夫×大泉啓一郎『新貿易立国論』対談 #1

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「金のことは口にするな。いいものができねえぞ」

大泉 数字に強いと、いろんな要素をコントロールできますよね。

鈴木 でも、未来のことがみえると、踏みだせなくなるんです。

大泉 製作費が100億、ポスター何十万枚のコストがいくら、上映される映画館が何軒だから、何人はいってチケット収入がいくらで……と、細かい数字を積み上げていかないと、裏付けのない数字が独り歩きするバブルになりませんか?

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鈴木 たしかに、その危険性はあります。それを念頭におきつつも、一方で、数字は横に置く。

 そう考えるようになったのは、徳間書店に入社したとき、社長の徳間康快に言われた言葉の影響が大きかった。

「編集者たるもの、金のことは口にするな。いいものができねえぞ」

 この言葉は非常に勉強になりましたね。徳間さんは、お金のことを口にした編集者は怒鳴りつけていましたよ。

 もっとも、それが後に、当時、1000億円以上とも報じられた、出版社としては史上最大の赤字につながるわけです。出版社は一般的に60~80億円の赤字が出た段階で倒産するから、けた外れの額ですよ。これは数字のことを考えていたら絶対にできないことです。

大泉 そうですね。

©石川啓次/文藝春秋

根拠なくてもすごいカラ元気の社長

鈴木 ただ、後世にのこしたものは大きかった。チャン・イーモウという中国の映画監督をご存じですか。『紅いコーリャン』や『菊豆』といった作品で知られ、1980年代に国際的な評価を得るようになった、中国映画界「第五世代」の代表格です。

 そのチャン・イーモウ監督が私に向かって、こう言ったことがあります。

「徳間さんがいなければ、いまの私にはなっていません。本当にありがとうございます」

 彼に限らず、第五世代の監督たちに映画を撮らせたのは徳間なのです。「お前ら、映画をつくれ。カネは俺が出してやる」と。その彼らが世界の映画祭で続々と賞を獲得して、高い評価を得た。

 で、そのお金がどこにあったのかといえば、銀行にあった(笑)。

大泉 銀行からの融資を、当時は無名だった中国人映画監督につぎ込んでいたのですか。

鈴木 銀行から融資を引き出すのは天才的でしたよ。でも、それだけではないのです。

 徳間は神奈川県に古くからある逗子開成学園の立て直しに成功したこともあります。この学校は徳間の母校なのですが、一時期、低迷していました。そこで理事長兼校長となった徳間は、いきなり「目標は東大合格、50人をめざせ!」と宣言した。その数に根拠などありませんよ。でも、このカラ元気がすごい。結局、進学校として復活しました。

 とても真似はできませんけど、号令は大事だな、と勉強になりました。

 

#2に続く

―――

すずき・としお
1948(昭和23)年、愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。徳間書店に入社、「アニメージュ」編集長などを経て、スタジオジブリに移籍、映画プロデューサーとなる。スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。著書に『映画道楽』『仕事道楽 スタジオジブリの現場』『風に吹かれて』など。

おおいずみ・けいいちろう
1963年(昭和38年)、大阪府生まれ。1988年 京都大学大学院農学研究科修士課程を修了。2012年、京都大学博士(地域研究)。現在は日本総合研究所調査部の上席主任研究員として、アジアの人口変化と経済発展、アジアの都市化と経済社会問題、アジアの経済統合・イノベーションなどの調査・研究に取り組む。アジア全体の高齢化をいち早く指摘した『老いてゆくアジア』(中公新書)は大きな注目を集めた。著書は他にアジアの巨大都市に着目した『消費するアジア』(中公新書)などがある。東京大学大学院経済学研究科非常勤講師(アジア経済論)も務める。

 

新貿易立国論 (文春新書)

大泉 啓一郎(著)

文藝春秋
2018年5月18日 発売

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「数字に強い」より「カラ元気」がいい――鈴木敏夫が語る「これからのプロデューサー論」

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