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ディーン・フジオカ「東日本大震災とスマトラ沖地震について、僕が考えたこと」

映画『海を駆ける』主演を通して感じたこと #2

 公開中の映画「海を駆ける」(深田晃司監督)の主演をつとめたディーン・フジオカ。日本とインドネシアの共同制作である本映画をどのように受け止めたのか。インタビューの後編。

※「ディーン・フジオカ 日本とインドネシア、この企画が成立するならそこにいたい」より続く

一人芝居をしている感触があった

――演出がそうとう細かかったということですが、具体的にどのような演出だったのでしょうか。

ディーン 細かいといっても、こういうフレームがあるからそこに無理やり体を合わせていくという感じではないんですよ。存在のあり方みたいな部分への演出と言ったらいいのかな。声のボリュームや歩き方についても細かい指示はありましたが、だからといって、手がこっち、足がこっち、みたいな秤で量るような指示ではない。そこはむしろ、こちらが力を発揮できる余地を与えてもらえた気がします。監督のなかでは、ラウという存在についてはっきりとしたイメージがもともとあったと思うんです。それを説明してもらい、僕が実際にやってみる。その様子を監督が見て、「なるほど、実際の肉体を通すとそういうふうになるんだ」と確かめ、「じゃあこうやってみたらどうなるか」とまた別のことを試してみる。そういう細かい調整を、リハーサルでずいぶんやりました。自分でも、どこかアートインスタレーションのような、一人芝居をしている感触がありました。

ディーン・フジオカ演じる謎の男・ラウは、ある日海岸に流れ着き、保護される。次々と不思議な現象を巻き起こすラウの力に目を付けたTVプロデューサーが、会見をさせるのだが…… 『海を駆ける』 配給:日活 東京テアトル ©2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

 セリフの読み方に関しても、最初のリハーサルの時の印象が強くて。同じ意味を違う言語でしゃべった場合どういうふうに変わるか、みたいなことを何度も試していました。脚本上では英語になっているセリフをあえて1回日本語で読ませる、そのうえでもう1度英語で読ませて、どちらの言語を使うか考えたり。スイッチングというんでしょうか。たくさんのデータをサンプルし、それらを監督のなかでまた分析していくような不思議なリハーサルでした。