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20歳で夢を叶えた人気作家が、後輩の女子高生たちに伝えたこと

阿部智里、母校に帰る──「夢を仕事にするということ」

 そして今度は応募総数500人くらいの中で、最後の8人にまで残りました。ただ、これは私の経歴が異色だったことも大きかったと思います。当時の清張賞作品は時代物や歴史小説、ミステリーが多くて、年齢層が非常に高かったんですね。そこに珍しく女子高校生が応募してきたというので興味を持ってもらえたと思うんです。

あのとき、落としてもらって感謝している

 私を最終候補に残すかどうかというときに、「これだったら、編集のときに手を入れれば刊行できるから、制服姿で今デビューさせた方が話題性が強いんじゃないの?」という意見もあったそうなんです。でも、文藝春秋はそれをしなかった。「ここでデビューさせるのは本人のためにならない」と判断して、私を落としました。実は、ここが私のとても感謝していることなのです。

©文藝春秋

 私がそう思えたのには、もう一つ理由があります。当時、文藝春秋の編集さんが「一回東京に来てね」と呼んでくださって、また学校をサボって(笑)早退して、前橋駅から高崎駅に行き、高崎駅から湘南新宿ラインで東京の池袋まで行ったんです。そこから更に有楽町線の地下鉄に乗り換えて、当時の私としてはすごい大冒険をして、文藝春秋に辿り着きました。文藝春秋の1階には大きなサロンがあって、そこで作家さんや記者の方が色々な打ち合わせやインタビューをしているんですね。

 そこに初めて一人で足を踏み入れて、緊張でガチガチな私に、今は退職された超ベテランの庄野さんという編集者の方が、「君は本気で作家になりたいの?」って聞いてくれました。「はい。それしか考えていません。でもどうしたら作家になれるのかわからないんです」と自分の正直な思いを伝えたのですが、庄野さんは「ふーん」と私の話を聞いていて、「君さ、なんでそんなに焦ってるの?」って言ったのです。

「焦る必要は何もないよ」

 私はびっくりして、「だってそりゃ焦りますよ! 世の中にはプロになりたい人がいっぱいいて、実力がある人もいっぱいいるのに、プロになれるのはほんの一握りなんですから」って一生懸命自分の気持ちを訴えました。そしたら、庄野さんは「焦る必要は何もないよ」と。「君は凄い実力がありながらデビューできない人を実際に知っているの? そう思い込んでるだけじゃないの? 我々は面白い話を書く作家や才能をいつも探してるんだ。君が真実面白い話を書いたら、我々は常に君をデビューさせる準備がある。だから何の心配もしないで、まずは実力をつけることを考えなさい」って言ってくれたんです。私はもう目から鱗がポロッと落ちた感じで、あぁ焦る必要はないんだと思ったのを覚えています。

 それで、受験勉強を経て大学(早稲田大学文化構想学部)に進学し、再び松本清張賞に応募した作品が、『烏に単は似合わない』という私のデビュー作になります(史上最年少の20歳で受賞)。ですから、今日、私は卒業以来、初めて母校に戻ってきたのですが、あの10年前の今日、文藝春秋の編集さんに巡り合わなかったら、私はこの場所に立っていないと今もしみじみ感じています。しかも、『烏に単は似合わない』の受賞が決まった松本清張賞の選考会は6年前の昨日のことでした。

烏に単は似合わない  八咫烏シリーズ 1 (文春文庫)

阿部 智里(著)

文藝春秋
2014年6月10日 発売

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私の夢見た「伊佐坂ライフ」は……

 6年前の今日、つまりは受賞が決まった翌日のことです。また文藝春秋に呼ばれて、写真なんかも撮られたりして、急に注目されて、「おお、なんだか作家っぽいな」ってミーハーに思っていました。そこに新しい編集さんがやってきて、「阿部さん、デビューして早々こういう風に言うのはなんなんですけれども、就職はどう考えていますか」って聞かれちゃったんです。

 これ、どういうことかわかりますか? それまで私の考えていた作家というのは……みなさん『サザエさん』って観たことありますか? サザエさんの家の隣にフネさんの女学校時代の同級生が住んでいて、その旦那さんが伊佐坂先生という作家さんなんですね。あれがみなさんの想像するところの作家さん像ではないでしょうか。家でのんびりしながら書いた原稿を出版社に勤めるノリスケさんが取りに来てくれる。あれって実は専業作家さんなんですね。専業作家というのは、小説を書くだけで食べていける人たちです。先ほども言ったように華々しく新人賞を取ってデビューした中でも5年後に生き残っているのはごくわずかという中で、専業作家になれるのは一握りの上澄みの人たちだけです。

©文藝春秋

 その時の私はまだふわふわしてたので、これで私も作家の仲間入りが出来たんだって思っていたのですが、それを聞いたとある編集さんが鼻で笑って、「賞を獲ったからといって、プロの作家になれたというわけじゃないからね」「阿部さん、このままだとご飯が食べていけないから、とりあえず就職した方がいいと思うよ」とバッサリ……。いったい私の夢見た伊佐坂ライフは何だったんだって思いました(会場笑)。

空棺の烏 (文春文庫)

阿部 智里(著)

文藝春秋
2017年6月8日 発売

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