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1771日ぶりの「復活劇」
家族が初めて明かす由規の苦闘

source : 週刊文春 2016年7月21日号

genre : エンタメ, スポーツ

最速149kmをマーク
Photo:Kyodo

 日本ハムの大谷翔平投手に破られるまで“日本人最速”を誇ったヤクルトの由規投手(26)が9日の中日戦で1771日ぶりに一軍のマウンドに帰ってきた。

「6回途中降板6失点で勝つことはできませんでしたが、ホーム側のチケットは完売。試合後のスタンドは『ヨシノリ~、おかえり~』という大歓声に包まれて、勝った中日の選手のヒーローインタビューが聞こえなかったほど」(スポーツ紙デスク)

 由規は「大げさかもしれないけど、夢のようでした」と語ったが、2011年9月3日の巨人戦で勝って以降、右肩の故障に悩まされ続けてきた。

「まさかこんなに長引くとは……」と、振り返るのは兄の佐藤史規さんだ。

「投げなくても痛みが引かず、様子を見て、ということが続いて、結局は13年4月11日に手術する前まで、原因が分からなかったんです」

 ようやく“関節唇”に問題があると分かったが、手術を決心した本人から相談された父の均さんは、反対した。

「だけど本人は『リハビリは大変だけど、腹は決まってる。3年、みてくれよ。絶対に(一軍に)上がるから』と」(均さん)

 昨オフには支配下選手から外れて育成選手契約となり、いよいよ後がない状況に追い込まれてもいた。

「ネットでは“給料泥棒”とも書かれてましたが、期待を裏切り続けてたんだから、やむを得ないでしょ。本人は、『俺は辞めないよ。絶対に上がってやる』と言い続けていました」(同前)

 そんな由規が兄に一度だけ弱音を漏らしたという。

「父に言われて、仙台から上京して部屋に様子を見にいったんです。すると第一声が『どこまで頑張ればいいのかな』。ただ、その言葉を口にして、むしろホッとした表情を見せたんです。家族としては、プレッシャーにならないよう、頑張れ、以外の言葉を使おうと」(史規さん)

 本人の言葉通り、手術後、3年の月日を経ての復活劇。父の均さんは、こう述べる。

「親としては、有言実行したな、と思ってます。そして、ここまで面倒を見てくれた球団に感謝です。由規は、ようやくその恩返しのスタートラインについたところです」

 今後は回復具合を慎重に見ながら、次の登板を目指す。