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伊藤智仁と篠塚和典「25年越しの再戦」と、原樹理への緊急メッセージ

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/06/07

 2月から始めた富山での単身赴任生活も、すでに4ヵ月が経過。時間があるときには手作りの弁当を持参して練習に向かう日々を過ごしています……。こんにちは、伊藤智仁です。BCリーグ・富山GRNサンダーバーズの監督として、若い選手たちと一緒に汗を流す日々が続いています。彼らはまだまだ未熟で下手くそだけど、「絶対にNPBに入団するぞ」という強い意志を持って、練習や試合に臨んでいます。その手助けとなるために、僕も全力を尽くしています。

 志を持って富山に集まった若者たちに対して、自分のこれまでの経験を伝えることは難しいけど、とても楽しいです。チームはまだまだ前期優勝を狙える位置につけているので、これからも全力で頑張っていこうと考えています。はじめは雪がすごくて戸惑ってばかりだったけど、春の訪れとともに富山の生活をかなり満喫しています(笑)。

25年越しのリベンジマッチが実現

 さて、6月2日、県営富山球場にて25年越しの「ある試み」を行いました。今からちょうど四半世紀前の1993年、僕はヤクルトに入団したばかりのルーキーでした。この年の6月9日、僕は石川・金沢で巨人相手に先発をして、9回二死まで無失点、16奪三振を記録していました。しかし、この直後に悪夢に襲われます。この場面で打席に入った篠塚和典さんが、この日の150球目を強振。打球はライトスタンドに消えるサヨナラホームランとなりました。このときの悔しさは、今でも忘れることができません。

 ……あれから25年。僕は石川と同じ北陸・富山県高岡市で、篠塚さんをゲストに招いての「一打席対決」を企画。幸いにして、篠塚さんも快く了承してくれました。こうして、僕にとって「25年越しのリベンジ」の機会が訪れたのでした。当日は雲ひとつない快晴。巨人のユニフォームに身を包んだ篠塚さんが打席に入ると同時に、「あの瞬間」のことが改めてよみがえりました。

伊藤智仁(左)と篠塚和典(右) ©長谷川晶一

 思いを込めて投じた初球はストレート。いいところに決まって1ストライク。続く2球目のスライダーはボールとなりました。そして3球目。僕のストレートを篠塚さんは強振します。打球はライト方向への鋭いライナーでしたが、これはファールを狙った投球なので想定内。そして、ここで僕は勝負に出ます。4球目には渾身のスライダーを選択。ワンバウンドになるボール球を篠塚さんは空振り。まさに狙い通りの一球となりました。

 ……しかし、篠塚さんは「ファールだ」と猛抗議。それに気圧されたのか、アンパイアも無情のファール判定。僕は「絶対に空振りだ」と思っていましたが、僕も大人です(笑)。そこはぐっとこらえて5球目を投じます。そして、篠塚さんはこのストレートをレフト前に弾き返します。それは現役時代と変わらぬ見事なバッティングでした。

 結局、僕は「25年越しのリベンジ」を果たすことはできませんでした。悔しいけれど、楽しかったからよしとしましょう。富山を盛り上げるために、わざわざ足を運んで下さった篠塚さんには感謝の思いしかありません。また、この日のために東京から駆けつけてくれたファンもたくさんいました。この日はサンダーバーズも勝利したので、僕にとっては忘れられない一日となりました。ぜひ篠塚さんには来年も富山に来ていただいて、「26年越しのリベンジ」を果たしたいと思っています(笑)。