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阪神・藤浪晋太郎を成長させた“あの夏の敗戦”

文春野球コラム ペナントレース2018 テーマ「高校野球」

2018/06/16

 くるんくるんくるん♪

「あっ踊ってる♪」

 昨日雨でぬかるむマウンドで躍動する背番号19をみて、思わずそう言葉が漏れました。楽しそうに投げる表情をみてうれしい気持ちでいっぱいになりました。

 実に407日ぶりの白星。長かった、苦しかったに違いありません。

 しかし、高校時代大きな二つの山を頂上まで登った藤浪晋太郎投手。プロ生活で最大の壁にぶち当たった今シーズンですがそれを乗り越える力は高校時代に培っていたのです。

BIG3と呼ばれた大阪桐蔭高校時代の藤浪晋太郎 ©文藝春秋

藤浪晋太郎が振り返る3年間と「粘り」

「3年間ずっとしんどかったですよ。高校のほとんどがしんどかったし、きつかったです」

 藤浪投手の口から出てきたのは冬の追い込み練習、夏の大会前のこの時期に行われる強化練習など苦しかった思い出でした。

 それでも“日本一になる”、この目標があるからこそ、どんなにきついこと苦しいことも乗り越えられたと話します。

「甲子園では、肩が飛んでもいい、これから野球ができなくなってもいいから優勝したいと思って投げていました」。その強い気持ちはもちろんですが、優勝できた一番の要因は“粘り”だといいます。「ポール間を走るときはラインの手前2,3歩で緩めるのではなくラインの奥まで全力で走りきる、トレーニングでも、もう限界と思ったところからもう1回をやりきる、苦しいところでどうできるか粘れるか、常に苦しいことを想定して練習をしていたからこそ日本一になれたと思います」。紅白戦をしても2回8失点を喫することもあるなど、常に「まだまだやな」と思わざるを得ない環境だったことも粘りに大きな影響を与えました。