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“農業アイドル”16歳の自殺で弁護士が考えた「アイドルと契約」

痛ましい事件を受けて、法律の専門家として伝えたいこと

2018/05/30
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アイドルと事務所の契約

 このようにアイドルと事務所間の契約においては報酬、退職(契約解除)、損害賠償の問題が発生することが多いのですが、これらの問題の法的な検討をしてみたいと思います。

(1)報酬について

アイドルと事務所との間の契約においては、報酬の額を明確に定めないことが多く、売上に応じた歩合の報酬を支払うという契約にしている場合が多いです。しかし、そのような定めすらない場合には、アイドルは報酬をもらうことができないのでしょうか。

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 契約の名称が「業務委託契約」であったとしても、実質的にアイドルが「労働者」であるといえる場合には、最低賃金法の適用があり、少なくとも、最低賃金の支払いを受ける権利があります。

 実際にあった裁判例では、仕事を断ることができないことや報酬の決定権限が事務所側にあること、著作物の権利が事務所に属すること、副業をすることができないことなどから、アイドルであっても「労働者」に該当し、契約書に書いてなくても最低賃金法に基づく報酬を支払うように命じたものがあります。

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(2)退職の問題

 アイドルの、契約期間途中の退職(契約解除)も、問題が多く生じます。裁判例では、上記のように、アイドルが「労働者」に該当することから、労働基準法などの労働法規に基づいて、契約期間途中のアイドル側からの契約解除を認めたものがあります。

(3)損害賠償の問題

 アイドルが契約を途中で解除した場合や、不祥事(特に恋愛発覚)などを起こした場合に、事務所が一方的にアイドルに対して損害賠償請求できる、という条項が契約書にあるケースが非常に多いです。

 このような条項があることで、アイドルを辞めたら損害賠償請求されるかもしれないと考え、辞めたいのに辞められない、などというケースは何件も聞いたことがあります。萌景さんのケースもまさしくこのような状況だったのではないでしょうか。

 このような損害賠償についても裁判例はいくつかあり、公演の欠席や将来の公演のキャンセルによる損害は認められないとして、損害賠償請求を棄却した事例があります。さらに恋愛禁止のような不祥事に基づく損害賠償請求についても、アイドルの、交際を妨げられることのない自由を侵害するものだとして、損害賠償請求を否定した事例もあります。

 萌景さんの事例では、契約が満了になるときにグループを脱退したい、というケースですから、契約の途中解除ではありませんので、損害賠償はそもそも請求できない案件だったのではないでしょうか。他に萌景さん側に債務不履行になるような事情もないと思いますので、仮に損害賠償を匂わすような発言があったとしたら、それは法的根拠のない請求になります。