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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

悪童日記――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 高校生になったばかりの私は、初めて買ったスケジュール帳をいつも大事に持ち歩いていた。

 どのスケジュール帳にするのか悩んだ末に決めたのは、布地で出来た表紙にお洒落な英字が書かれているもので、私はそのスケジュール帳にとにかく色んなことを書いていた。

 学校の時間割からピアノのレッスンやアルバイトの日程、宿題の期限。それだけなら通常通りの使い道だが、私はそこに見た映画のタイトルや気になった音楽、美味しかった食べ物、そして自分の気持ちまで後から書き足していた。

 それは、単純にスケジュール帳を何でも良いから埋めたかったからだ。子供の頃、ビジネスマンのような真っ黒なスケジュール帳は憧れだった。

 私はそこまで忙しい訳ではないのに、さも忙しいかのように要らない情報をどんどんスケジュール帳に書き込んでいった。誰かに見せる訳ではないけれど、ぱっと見て何が書いてあるか分からないほど文字が書き込んであるのを見ると満足した。

 家に帰ってすぐにスケジュール帳を開くことも多かった。予定を確認するためではなく、今日の出来事を記録するために机へ向かう。

 例えば大学受験を目指している二〇〇四年の一日には、「今日はハイドンのソナタを弾いていたら、先生に『蝋人形みたいな演奏ね』と言われた。受験の為にピアノを弾いていることが、音に出ているのかも」

 大学に入って、ピアノ講師のアルバイトをしていた二〇〇七年の一日には、

「新しくピアノを教えることになった生徒は四歳。レッスン中に『私ブリッジ出来るんだよ』と言われ、『すごいね』と言ったら、レッスンの間ずっとブリッジをしていた」

 当たり前だが、スケジュール帳は、予定を確認するという本来の機能を失っていった。重要であるはずの時間や場所といった情報は、今日は学校に遅刻しただの、ピアノの発表会でミスタッチが多かっただのという後から付け加えられた情報で消えかかり、まるで古文書に羅列された文字の一部のようになった。

 その代わりに、スケジュール帳はいつの日からか日記として機能するようになっていった。

 ある日には「生きる希望が見つからない」と殴り書き、ある日には「来週のディズニーランドが楽しみで仕方がない」と書いて語尾にハートをつける。

 大声で怒鳴ってしまった日のことを「エイリアンに脳を乗っ取られて勝手に喋られているようで、止め方が分からなかった」と反省し、バンドを始めた頃の日々を「とにかく孤独だ」と綴る。

 日記を読み返すと、たった数日前のことでも、今の自分とはまるで違う反応をしていることも多かった。必要以上に傷つき苦しんでいる姿が、全くの他人のように感じることさえあった。

 自分は思っているより自分を把握していないのだろうか?

 それは刺激的な問いだった。やがて私はスケジュール帳の小さな枠線を出て、本格的に日記を書こうと決めた。