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UMS主義者、かく語りき――衣のユニクロ、住の無印良品、食のサイゼリヤ

楠木建の「好き」と「嫌い」 好き:UMS 嫌い:ブランド物

2018/06/12
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「成熟」による差別化

 アジアを中心に新興国の企業が続々と台頭する中で、日本発のグローバル企業が意識すべき日本の特質とは何か。キーワードは「成熟」だというのが僕の見解だ。成熟というと「頭打ち」とか「閉塞感」とかネガティブな側面に目が向きがちだ。しかし、見方を変えれば、成熟は日本と新興国の決定的な差別化の源泉になり得る。

 なぜならば、成熟はひとえに時間の関数だからである。人間でもそうだが、成熟には時間がかかる。時間をかけて経験を積み重ねるしかない。どんなにカネをかけても、若者は一足飛びに成熟した大人にはなれない。カネを出してもすぐには手に入らないもの。それがもっとも有効な差別化となる。

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 僕が教えている一橋大学ビジネススクールの国際企業戦略専攻(ICS)はすべての講義を英語で行う。いわゆる「インターナショナルスクール」だ。学生数は1学年50人程度。小規模なブティック型のMBAプログラムである。主たるターゲットは日本人ではなく外国人。大半の学生がアジアを中心とした留学生だ。ビジネスの世界で日本を好きな外国人をつくる。日本に興味がある外国人が日本で経営について学ぶ。日本を好きで、日本をよく知る外国人を育成し、彼らが日本の会社にマネジャーとして入っていけば、日本企業のグローバル化に貢献できる。ここにICSの狙いがある。

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 はるかに規模が大きく、歴史があり、ブランドも確立しているビジネススクールがアメリカにたくさんある。わざわざ小さな日本のスクールを彼らが選ぶのは、日本のビジネスや社会や文化に興味があるからだ。彼らにとって日本の魅力とは何か。尋ねてみると、「清潔」「繊細」「安全」「秩序」「配慮」「平穏」「落ち着き」「ゆとり」「控えめ」「静けさ」「内省」といった言葉が返ってくる。要するに成熟である。

 これまでの中国やこれからのインドは高度成長期、人間でいえば青春真っ只中にある。当然、元気がいいしカネもある。しかし、どうしてもギラギラしていて落ち着きがなく、バタバタと騒がしい。カネを使えばキラキラした高層ビルは建てられる。しかし、成熟の魅力は時間をかけなければ手に入らない。東京丸の内の仲通りは、いま世界中でもっともクールな街並みのひとつとして評価されている。ここまでくるのに日本もずいぶん時間がかかっている。

 高度成長期の日本でも、ギンギンギラギラのアメリカよりも、ヨーロッパの成熟したシックな文化に惹かれる人々が少なからずいた。成熟した国にユニークな価値や魅力というのが確かにあるのである。

 衣の分野でいえば、新興国の人々は外から見てすぐに分かる「ブランド」を好む傾向にある。ロゴがでかでかとプリントしてあるシャツや、一見してそのブランドとわかる意匠のついたバッグや靴に人気が集まる。

 例えば、ラルフローレン。あるときからポロシャツについている例の「ポロ」のマークが極端に大きなモデルが出た。これは成長する中国市場を狙った施策だと推察する。中国の消費者にとって、ブランドとは露出であり、価値の外在化である。人が見てそれとわからなければ意味がない。ブランドのロゴはでかければでかい方がいいのである。

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 かつての日本人もそうだった。90年代の前半、ミラノの大学で教えていた頃の話。イタリアの通貨はユーロではなくまだリラの時代だった。日本円はリラに対して強かったので、ブランド物の爆買いをしようという若い日本人旅行客がミラノに押し寄せていた。

 当時人気のあったフェラガモの店はいつも日本人客でごった返していた。そのうちフェラガモは日本人の入場規制というのを始めた。入り口のところで時刻の入った整理券を配って、一定の人数しか入れないのである。で、その整理券をゲットしようという争奪戦が繰り広げられる。群がる日本人客に不機嫌な顔で整理券を配るフェラガモ店員。まるで「鶏にエサ」だ。

 この光景を見ていて、同じ日本人としていかがなものかと思った僕は、その辺どのように見ているのか、同僚のコラード・モルテニ氏に聞いてみた。すると、「あー、そういうのはいつものことだから気にならないね。昔は短パンのアメリカ人がアメックスのカードを振りかざして爆買いに来た。その後は中東からの旅行客が押し寄せてブイブイ言わせた。順繰りで、いまは日本人が主役。主役が入れ替わっても、光景は変わらない。そのうち日本人もブランド物に飽きて落ち着くよ。次は韓国、その次は中国だろう。そうでなきゃこっちは商売にならないわけで……」との答え。

 モルテニの予言は当たった。それから時が流れ、何年か前にミラノに行ったとき、ハイブランドが集まるモンテナポレオーネ通りは両手にショッピングバッグをいくつも提げた中国人で賑わっていた。日本人旅行客もいるにはいるが、裏通りをぶらぶら散歩している。落ち着いたものである。