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問題だらけのW杯スタジアム ​12の見どころ、ツッコみどころ

危険すぎる観客席、廃墟化の懸念、スターリンの残影

2018/06/14

サンクト・ペテルブルク ブラックニュースのオンパレード

 ロシアの北の首都サンクト・ペテルブルクの名を冠したスタジアムの設計者は、ロシアに縁の深い日本人建築家、黒川紀章。なので外観は彼が設計した愛知の豊田スタジアムとよく似ている。プレミア・リーグに属するスタジアムとしては最北に位置しており、冬の寒さから人と芝生を守るため、フィールドを完全に覆うことのできる屋根をもつ。ただその建設は幾度となく中断され、費用は当初の予算の約7倍、800億円以上に膨れ上がり、ロシアで最も高価なスタジアムとなった。多額の使途不明金が判明したり、北朝鮮から連れてきた労働者を奴隷のように働かせていたことが報道されたりなど、ブラックなニュースの絶えなかったスタジアムである。

サンクト・ペテルブルク ©iStock.com

スパルタク リーマンショックに右往左往

 モスクワの名門FCスパルタク・モスクワの本拠地。外面はスパルタクのチームカラーである赤と白のプレートに覆われており、正面にはチーム名の由来である古代ローマの剣闘士スパルタクスの像が配置されている。スパルタクは1922年設立の歴史あるクラブだが、長らくホームをもたなかった。ようやく1990年代になって拠点となるスタジアムの建設計画がもちあがるも、候補地はなかなか決まらず、リーマンショックの影響で計画は頓挫。最終的にスタジアムが完成を見たのは、2014年だった。

スパルタク ©iStock.com

ルジニキ 独裁者スターリンの記憶が今も

 メイン会場となるのは、1980年のモスクワ五輪でもメイン会場を務めた、モスクワのルジニキ・スタジアム。ルジニキはスターリン時代に計画され、当初はレーニン記念中央スタジアムと呼ばれていた。1990年代後半にドームが増設され、今回もW杯のために2013年から改装工事が行われたが、スターリン時代のクラシックで重厚な外観は保存されている。

 ちなみに高い場所からルジニキを眺めると、それがモスクワの中心であるクレムリンから南西のモスクワ大学へと続く直線上にあることに気づくだろう。ソ連の独裁者であったスターリンは、その絶対的な権力によって、紙の上にペンで線を引くように地上に建築で線を引いたのだ。そのような時代の記憶を、このスタジアムは現在に伝えている。

奥に見えるのがルジニキ ©iStock.com
スターリン時代の記憶が今も ©iStock.com

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