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追悼・加藤廣 小泉純一郎が語った「加藤さんとの酒席」

人間を勉強するには歴史小説が一番。著作を読めば、また加藤さんに会える──

 人間の付き合いは、偶然から生まれることが多いけど、加藤先生との縁も全くの偶然。

 私が総理だったとき、毎日やっていた記者のぶら下がりの会見で、「いまはどんな本を読んでいるんですか」と聞かれて、ちょうど読んでいたのが『信長の棺』だった。それが記事になって、本も売れたそうだね。

 その後、私の親しい人が加藤さんのことを良く知っていることが分かって、ちょくちょく会うようになった。加藤さんも「あの総理の発言で売れ出した」と言って喜んでいたよ。

信長の棺〈上〉 (文春文庫)

加藤 廣(著)

文藝春秋
2008年9月3日 発売

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75歳直前の作家デビュー、小泉氏の愛読書として人気に火がついた

 作家・加藤廣さんが4月7日、逝去された。享年87。加藤さんのデビュー作『信長の棺』は2005年に初版4千部で刊行されたが、75歳直前の作家デビューという異例の経歴も話題となり、大ベストセラーに。一躍人気作家となった。その火付け役が小泉純一郎元首相(76)。当時、郵政民営化反対派に刺客を立てた「郵政選挙」を戦っていた小泉氏の愛読書として報じられて、火が付いたのだ。

 その後も小泉氏は加藤作品を愛読し、加藤さん本人とも親交を深め、酒席をともにする仲だった。小泉氏が加藤さんを偲び、加藤さんの人柄と作品の魅力、歴史小説の醍醐味までを語った。

小泉純一郎元首相 ©文藝春秋

『信長の棺』は新聞広告で見つけて、自分で買いに行ったんです。織田信長の「棺」というけれど、信長の遺体は見つかってないはず。「信長の棺なんてないはずだぞ」と思って手に取った。

 読んでみると、ちょっと今までの小説とは違う新しい視点で、非常に面白かった。信長は本能寺で光秀に襲われて、その場で自決したというのが一応定説になっている。そこに、遺骸がみつかっていないから逃げたんじゃないかという発想を持ってきたんだから、信長本にしては新説という感じを持ったな。

 同じ題材でも書き手の見方によって、書き方も変わる。書き手がその主人公を好きか嫌いかによっても違ってくる。特に、信長は時代の英雄だし、秀吉でも家康でも、さまざまな人が書いているけれども、書き手によって違った面白さがある。そこが小説の面白さ。人生いろいろ、人間もいろいろ、作家もいろいろ、だよ。

(当時、『信長の棺』が郵政解散に影響を与えたかと言えば)そんなことないよ(笑)。だけど小説家は、想像力豊かだよね。(政治家と比べても)はるかに想像力が深く、広いんじゃないか。人間を見る目も鋭い。加藤さんの場合、それが年を取っても衰えなかった。

安土城跡にて加藤廣さん ©文藝春秋

 加藤さんは75歳から小説を書き始めた珍しい人。よくこう次々に本を出せたなと思う。よく調べるんだよ。史料を集めてね。75歳から、あれだけの作品を書けるというのは、すごい気力、体力、想像力。不思議だよね。

 次の作品『秀吉の枷』になると筆力があがっていて、だんだん上手くなっている。小説家として磨かれてきた。3作目の『明智左馬助の恋』を読んだときも、上手さが出てきたなと感じたな。

秀吉の枷〈上〉 (文春文庫)

加藤 廣(著)

文藝春秋
2009年6月10日 発売

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 小説はロマンチストじゃないと書けない。男女の機微もわかっていないといけない。私なんか未熟で、小説家ほど想像力もたくましくない(笑)。

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