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ふたりの女性の友情が、いずれ恋に変化するとき

石井千湖が『ののはな通信』(三浦しをん 著)を読む

2018/06/19
『ののはな通信』(三浦しをん 著)

 友だちという言葉は、ちょっとした知り合いから公私ともに親密な人まで、適用範囲が広い。ずっと疎遠でも、よほど険悪でないかぎり、友だちと呼ぶことはできる。そんなつかみどころのないつながりが、『ののはな通信』では、唯一無二の関係になる。本書はふたりの女性の二十七年にわたる交流を書簡形式で綴る長編小説だ。

 グリコ・森永事件が発生した一九八四年に、野々原茜(のの)と牧田はな(はな)は、横浜にあるミッション系の女子校で出会う。庶民的な家で育ち勉強が得意なののと、外交官一家のお嬢さまで天真爛漫なはな。対照的なふたりは当時連載が完結したばかりの山岸凉子の漫画『日出処の天子』の話で意気投合する。超能力を持つ美貌の王子と豪族の息子の数奇な運命を描いた名作だ。はなはのの宛の最初の手紙に〈あのすごさは、私たちのあいだだけでの秘密〉と書く。

 誰かと仲良くなったら、秘密を共有したくなるものなのだろう。漫画の感想、家庭の内情、教師と生徒のゴシップ。面と向かってはあまり話せないことを、ののとはなは手紙で語り合う。やがて友情は恋に変化する。しかし、ある裏切りによって、ふたりは離れ離れになってしまう。

 初めて身体に触れた日、ののは手紙で〈友だちの形や要素を濃厚にとどめつつ、私たちは新しい姿の生き物に生まれ変わったのよ〉と宣言する。羽化した蝶が芋虫に戻らないように、恋情が失われても元の友だちには戻れない。ただ、幸せだった日々の記憶は永遠に残る。その記憶と共に、いかにして生きていくか。四十代になって、メールのやりとりを始めたののとはなが、お互いの近況を報告しつつ、昔とは異なる形で、愛と理解を深めていくところがいい。著者が『秘密の花園』や『まほろ駅前多田便利軒』シリーズなどで対峙してきた暴力の問題も掘り下げながら、より光のある世界へ、登場人物と読者を解き放つ。

みうらしをん/1976年東京都生まれ。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、12年『舟を編む』で本屋大賞、15年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。『本屋さんで待ちあわせ』等エッセイも好評。

いしいちこ/1973年佐賀県生まれ。早稲田大学卒業後、書店員を経てライターに。読売新聞ほか新聞、雑誌で多数書評を手がける。

ののはな通信

三浦 しをん(著)

KADOKAWA
2018年5月26日 発売

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