昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

『ブリグズビー・ベア』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

大人への追体験装置

2018/06/17

 わたしは今年の三月、香港に向かう飛行機内で、何も知らずにこの映画を観始めて、最初の十分で「エーッ、何が起こってるの?」「うっそー!」と叫びそうになりました。

 舞台は毒ガスが充満する近未来(?)のアメリカ。二五歳の青年ジェームスは、砂漠の真ん中に建てられたシェルターで、両親と三人暮らししている。彼の生きがいは、子供のころから、週に一回届くVHSテープ。クマの着ぐるみが主人公の特撮番組『ブリグズビー・ベア』だ。

 これが、強烈に昔風のヘタウマ・カルト番組! 近未来のサブカルチャーはどうなってるんだ、と不安になりつつ観ていると、おや、シェルターにパトカーがきた。なんと、両親は両親ではなく、誘拐犯だったのだ! 本物の家族は息子を探し続けていた。毒ガスもうそ。特撮番組も、偽の父親が子供のために自主制作していたもので……って、それであんなにヘタだったのか!?

 本物の両親は息子と再会できて大喜びし、誘拐犯のことはもう忘れて、充実した人生を送ってほしい、と願う。でもジェームスは『ブリグズビー・ベア』を忘れることができない。だって、ずっと一緒に生きてきた分身だから……。

© 2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.

 ここで(わたしもオタクなので)機内でもらい泣き。ジェームスが悩みながら、高校生の妹、その友人(映画マニア)、担当刑事(元演劇部)の協力をあおぎ、とあることに挑戦しだすのを、手に汗握って応援しているうちに、香港に着いてしまい、続きが気になって、観光中も気もそぞろでした。

 物語とは、作者から「僕がどうやって大人になったか」を報告してもらって、追体験する装置なんだなぁ。わたしはこの映画を通じて、改めてそう信じることができました。帰りの機内でラストシーンを観ながら、自分もジェームスと一緒に長い長い子供時代とお別れして、未来に一歩踏みだせたような気持ちになりました。

INFORMATION

『ブリグズビー・ベア』
6月23日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開
http://www.brigsbybear.jp/