昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載高野秀行のヘンな食べもの

個人的最大の恐怖! ヒルに似た食べ物――高野秀行のヘンな食べもの

2018/06/19
イラスト 小幡彩貴

 突然だが、私は「ヒル(蛭)恐怖症」である。細長く、伸びたときのサイズは三〜七センチくらいで、茶色から緑がかったものまで、いろいろ種類がある。水辺や草地におり、人や動物にたかって血を吸う。

 昔は特になんとも思ってなかった。ただ、血を吸われると、引きはがしたあとも血が止まらず、ときにはそこが化膿したりするので厄介だなと思っていた程度だ。ところがミャンマー北部のジャングルをゲリラと一緒に二ヶ月くらい歩いていたとき、それが「恐怖」に変わった。雨季が始まり連日豪雨に見舞われた。雨が降ると、この辺はヒルの天国である。

 泉鏡花の有名な小説『高野聖』には主人公の僧侶が山を歩いていると、上から無数のヒルが降ってくるという恐怖の場面がある。

 実際にはヒルは地面の上や丈の低い草の葉裏に隠れている。そして、動物や人間の立てる音や振動を感知すると、ひょいと取りつき、尺取り虫のように伸縮しながら上ってくる。その速さといったらない。靴から肩まで十秒もかからない。そして、たとえ皮膚の上を這っていても人間は感じない。気づいたときには首筋で血を吸っていたりする。だから「ヒルが木の上から降ってくる」などと誤解される。

 ジャングルを一列で歩いているときは、よく、前の人の足下からヒルがぞくぞくと這い上がり、いそいそと襟元から服の中へ入っていく光景を見た。おぞましいのは、それが私の身にも起きているということだ。ヒルは血を吸い始めると、手でつまんでひっぱってもなかなかとれない。やっととれたと思うと、今度は指に吸いつく。どうにもならない吸血動物なのだ。

 あるとき、湿地帯の真ん中で、ふと気づいたら、見渡す限り、大小のヒルが地面のそこかしこで立ち上がり、頭(?)をゆーらゆーらと揺らして、獲物を探していた。そして私の靴やズボンに取りつくと、我先にと、体を伸縮させながら私の体にのぼってきた。その瞬間、ぞわーっと背筋が冷たくなった。私のヒル恐怖症が始まった瞬間だった。

 その旅の最中は無我夢中で歩いていたこともあり、なんとかなったが、以後、ジャングルでヒルを見ると、体がハッと強ばり一瞬息が止まる。それほど気持ち悪い。

 ヒルだけではない。ヒルに似たような生物も怖い。例えば、ミミズが雨上がりの道路をのたくっているのを見ただけでゾッとしてしまうのだ。前は釣の餌として普通に扱っていたのに。

 さて、こんなヒル系動物恐怖症になってしまった私がヒルによく似た食べ物を目にしたらどうなるか? そんな一見ありえないことが本当に起きたのは韓国の木浦(モッポ)でのことだった。

この記事の画像