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連載中野京子の名画が語る西洋史

中野京子の名画が語る西洋史――スキャンダルの嵐

2018/06/27

■この人は誰?
この女性は誰で、何をしているところでしょう? 次の中から選びなさい――(1)パンチパーマをかけたメドゥーサが、眼力で男を石に変えている。(2)鬘をかぶった尼僧。托鉢用の袋を首からぶら下げ、歩き疲れて苛々している。(3)鉢巻きをしめて料理をしながら、誰かに呪いをかけている奥さん。(4)やんごとなき姫君、しかも未成年で処女。ダンスが上手で褒美をもらい、たいそう喜んでいるところ。――正解は以下。

 これは聖書やユダヤ古代誌に登場する王女サロメ。有名なそのエピソードは――。

 ヘロデ王の妃ヘロディアスは、聖ヨハネ(イエスに洗礼を施した預言者)を憎んでいた。前夫がヘロデの兄だったため、ヨハネがこの婚姻を穢れたものと糾弾したからだ。そんなある日の宴で、ヘロディアスの連れ子サロメが見事なダンスを披露し、喜んだヘロデ王は褒美に何でもやると皆の前で約束した。サロメは母に言われるままヨハネの首を所望し、叶えられる。

 この無個性な脇役だったサロメを、強烈で魅力的なヒロインへと激変させたのが世紀末唯美主義のオスカー・ワイルドだった。彼は戯曲『サロメ』でヴィクトリア朝時代の「お上品な」人々に衝撃を与えた。清らかな王女がヨハネに一目惚れし、相手にされず、それならいっそ首だけでも我が物にと、邪恋するのだ。

 そしてさらなるセンセーションが、早熟の天才ビアズリーによる斬新な挿絵だった。本作はその中の一点。地下牢から斬首人の黒鬼のごとき太い腕が、ぬうっと伸びる。盆には血まみれのヨハネの首。髪の毛を摑むサロメの鬼気迫る表情は、とうてい十代の乙女には見えない。このあと彼女は、「ああ、お前はこの口に接吻させてくれなかったね」と言いながら、死者の唇に狂おしくキスする……。

 文壇と画壇のスターをスキャンダルが襲ったのは、『サロメ』発表翌々年だ。男色の咎でワイルドが投獄されると、ビアズリーにも疑いの目が向けられた。前者は二年の重労働刑で、出獄後も立ち直れず四十六歳で客死、後者は仕事に支障が出た上、結核が悪化し、二十五歳の若さで逝く。

『サロメ』は、だが生き延びた。およそ十年後、ドイツのR・シュトラウスの手で絢爛たるオペラに変換された。発表当初こそ、退廃的且つ不道徳と囂々(ごうごう)たる批難を浴びたものの、今やもうそんなことを言う者はいない。いないどころか昨今の舞台では、サロメ役のソプラノ歌手がオールヌードで歌う例さえある。退廃という言葉の消えた世界。

「踊り手の褒美」1897年、油彩、33.5×45.7cm カタルーニャ図書館 ©ユニフォトプレス

オーブリー・ビアズリー Aubrey Beardsley
1872〜1898
イギリス耽美主義の代表的画家。ペン画や挿絵を数多く描いた。マロリー「アーサー王の死」の挿絵など

中野京子 Kyoko Nakano
作家・独文学者。2017年「怖い絵展」特別監修者。最新刊『名画の謎 陰謀の歴史篇』(文春文庫)。

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