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連載高野秀行のヘンな食べもの

吸いつき方もヒルそっくりのタコ躍り食い――高野秀行のヘンな食べもの

2018/06/26

※前回「個人的最大の恐怖! ヒルに似た食べ物」より続く

イラスト 小幡彩貴

 ヒル系動物は見るだけでもゾッとするという恐怖症になってしまった私が、韓国でヒルそっくりの、ナクチ(タコ)料理に遭遇した話の続き。

 タコは水槽に何匹も入っていた。スイーッと泳ぐ姿は優雅で、おいしそうでもある。普通に煮るか焼くかすれば、私も喜んで食べるのに、どうして躍り食いなどするのだろう。注文すると、皿の上に、長さ四、五センチに切ったタコの足が出てきた。一目見るなり、私はあまりの気持ち悪さに血の気が引いた。本体から切り離されているのに、生命体のように、にゅるにゅる、じゅわじゅわと活発に動いている。

 大きさといい、動き方といい、湿地帯のヒルがのたくっているのにそっくり。特に先が細くなったやつ。というか、ヒルを知らない人にはこの蠢(うごめ)くタコ足を見せて「これそっくりのもの」と説明してあげたいくらいだ。ヒル系動物に触るのも嫌なのに、これを口に入れろというのか?!

 カンさんは嬉しそうに、のたくる一本を箸でつまむと、「よくごま油につけないと喉にくっつく。それで死ぬ人もいるからね」と言い、ごま油につけ、まだ動いているのを平気で口に入れ、くちゃくちゃ噛む。「おいしい!」カンさんがまるで野蛮人のように見えた。私も長らくゲテモノを食ってきたが、食べられない人からはこのように見られていたのかと初めて思い至った。

 カンさんが「このタコはここでしか捕れない」「細くないと美味しくない」などと蘊蓄を述べていると、タコ足はだんだん大人しくなっていった。どうやら、生命の残り香がやっと消えたみたいだ。と、思いきや、カンさんが「あ、静かになっちゃった」と言って、箸で皿をかき回したら、タコ足は息を吹き返したように、ぞわぞわと動き出した! 刺激を受けるとまた動き出すのか。これまたヒルそっくりだ。

 もし一人なら私は一口も食わずに逃げ帰っただろう。しかし、ヘンな食べもの取材の人間として、それは許されない。幸いなのは手づかみじゃないことだ。いちおう、箸がある。ジャングルでも箸でヒルをつまんで捨てたことが何回もある。手ではがすと、手にくっついて離れないから……、ああ、またヒルのことを思い出してしまう。ともかく、箸でつまんでごま油にひたす。ここで死んでほしいが、なんということか、つけ皿に吸盤が吸い付き、箸をあげるとつけ皿ごと持ち上がってしまう。ヒルそのままの吸引力。もうとっくに生命を失っているはずなのに、なんというパワー。左手でつけ皿をおさえて、ようやく剥がれた。

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