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新幹線殺傷に見る誤診と誤解だらけの「発達障害と犯罪」

アスペルガー症候群を世に知らしめた少年殺人も誤診だった?

2018/06/26
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成績はオール5で会社でも「仕事は優秀」だった小島容疑者

 彼の実父(52)などに取材した週刊文春の記事(「新幹線殺人犯実父語る150分『息子を棄てた理由』」2018年6月21日号)によると、幼少の頃の小島容疑者はのんびりした天然キャラだったそうですが、5歳の頃に「アスペルガー症候群」の疑いがあると指摘されたそうです。

 また、定時制高校ではオール5で、4年かかるところを3年で卒業したぐらい優秀。就職した機械修理会社でも「理解力が高く仕事は優秀」と評されていました。これらの情報からすると、小島容疑者はASDの中でも、アスペルガー症候群に近いタイプだったのかもしれません。

送検のため神奈川県警小田原署を出る小島一朗容疑者 ©共同通信社

発達障害=犯罪者予備軍なのか?

 今回の事件では、あたかも発達障害や自閉症が犯罪者予備軍であると取られかねないような報道がなされていました。

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 しかし、昭和大学医学部精神医学講座主任教授・岩波明医師の著書『発達障害』(文春新書)によると、過去の研究でASDおよびADHDの犯罪率については、一般の人より高率であるという報告と、ほぼ同等であるという報告があり、明確な結論は得られていないそうです。ただし、動機が理解しにくい少年犯罪などで、加害者がアスペルガー症候群や発達障害(広汎性発達障害)と診断されている重大事件がいくつかあるのですが、「明らかな誤診や過剰診断も多い」と岩波医師は断言しています。

 たとえば、アスペルガーという用語が広く知られるきっかけになったのが、2000年5月1日に起きた愛知県豊川市での主婦殺人事件でした。犯人の17歳の高校生(当時)Kは、犯行当日の朝に殺人を実行すると決め、通常通り登校して授業を受けた後、住宅街を歩き回りました。そして、「古ぼけた家だから、老人がいるだろう」という理由で家を選び、在宅していた主婦を殺傷。さらに、帰宅した夫の首も切りつけました。

アスペルガー症候群を世に知らしめた少年殺人はまったくの誤診だった?

 Kの両親はともに教師でしたが、1歳半のときに離婚して母親が家を出て以降、祖母を母親代わりに育ちました。逮捕後の取り調べでKは、殺人の動機として「殺しを経験してみたかった」と供述。精神鑑定が行われ、アスペルガー症候群と診断されました。これを受けて裁判所は、Kの刑事責任能力を認定せず、医療少年院送付の保護処分としたそうです。

 ところが、岩波医師は前書の中で「この診断はまったくの誤診だった」と書いています。アスペルガー症候群と診断するためには、相手のことを考慮せず話し続けるといった「対人関係の質的な障害」や、同じ行動を繰り返す、特定のものごとに執着を示すといった「常同的・反復的な行動様式」が見られなければなりません。しかし、友人などの証言によるとKはクラスメートと仲がよく、誰とでもきちんと話ができ、日常的なトラブルもありませんでした。また、常同的・反復的な行動様式に該当するような行動もなかったのです。

「その謎解きに障害や疾患を持ち出す必要はない」と精神科医

 2004年6月1日に、佐世保の小学校で6年生の少女Aが同級生をカッターナイフで殺傷した事件でも、少女がアスペルガー症候群だったのではないかとマスコミ等で騒がれました。家庭裁判所は犯行の動機について、「被害者が交換ノートやホームページ上に記載した内容を見ているうちに、自分のことを馬鹿にし、批判していると感じて怒りを募らせ、殺害しようと決意した」としていました。

 その一方で、裁判所は少女Aがアスペルガー症候群かそれに近い状態であるとの診断に基づき審理を行い、自立支援施設への強制収容を決定。人に共感したり、親密な人間関係を築いたりするための社会的スキルが不十分として、後に精神科医や専門員が常駐する児童自立支援施設の特別室に収容しました。

 しかし、女児には被害者を含めた同年代の友だちがおり、交換日記やチャットなどで仲間とも交流していました。そのことから岩波医師は、「アスペルガー症候群の『対人関係の障害』の診断基準を満たす特徴は見いだせない」と書いています。

 では、なぜ少女は同級生を殺めてしまったのでしょうか。「その謎解きに障害や疾患を持ち出す必要はない。彼女は単に『暴発』したのだ」と岩波医師は書いています。少女の父親は若くして脳梗塞を起こし、仕事のない時期が長かったためかイライラしやすく、少女に暴力を加えることがたびたびあったそうです。冷たい家庭の中で孤立した少女は友だちとの間でなんとか心のバランスを保っていましたが、思春期になってささいなきっかけで耐えられない気持ちになり、それが犯行に結びついたというのです。