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【江東区】夢の島「ハエ撲滅作戦」を経て、ファミリー層に人気のエリアになるまで

50年後のずばり東京――そこはかつて、高度経済成長の負の象徴だった

2018/07/30

 JR京葉線と東京メトロ有楽町線、りんかい線が乗り入れている新木場の駅を降り、京葉線の高架下をくぐる。そして、湾岸道路と明治通りがぶつかる交差点で信号待ちをする。両通りとも幹線道路だけに、積み荷を満載した巨大な10トントラックが何台も、轟音を響かせて疾走している。

 信号が青に変わり、明治通りを新砂方向に歩き始めると、頭上を今度は首都高速湾岸線が遮る。その高架下にあるだだっ広い駐車場を右に見て歩道を進むが、高架下だけに薄暗く、歩道にゴミが目立つ。だが、この高架下を過ぎるともう頭上を遮るものはない。まぶしい初夏の陽光が、明治通りの両側に広がる陰影に富んだ緑の森を映している。

 ここの住居表示はもう「夢の島」だ。

東京五輪ではアーチェリー会場に

 明治通りの西側は江東区夢の島一丁目。夢の島競技場に少年野球場、軟式野球場があり、筆者が訪れた休日には、陸上競技大会に出場するのか、大学生と思われる一団が競技場の周りに群れをなしていた。

 明治通りの東側は、総称、夢の島公園。夢の島二丁目、三丁目にあたる。明治通りから東側に入るにはいくつかの歩道橋がかけられている。そのひとつ、ゆうかり橋を渡って夢の島公園に入ると、左手に大きなトーテムポールが出迎えてくれ、大人の胴回りほどの太さの幹を持つカナリーヤシが4、5本、見事な葉を茂らせている。道路沿いには一定間隔で花壇ができていて、色とりどりの花が道行く人の目を楽しませる。

 奥に向かって歩くと、左手に夢の島公園陸上競技場のトラックが見えてくる。陸上競技の選手らしい若者が黙々とひた走るそばで、父親らしい人が小さな男の子とリラックスしながら走っている。この陸上競技場の隣は塀で囲まれていて、現在工事中だ。塀にカラフルな色で弓を引き絞る人の絵が描かれている。ここは、2年後の東京オリンピックでアーチェリー会場になるのだ。

 さらに進むと、茶と黄色の5階建ての建物に突き当たる。東京スポーツ文化館だ。この建物にはレストラン、宿泊施設が入っているが、赤い壁にかまぼこ型屋根が乗った別棟の建物には、メインアリーナ、屋内温水プール、フットサルコート、各種スタジオが入り、スポーツや文化活動に打ち込める施設が充実している。

東京の「ジャングル」

 この東京スポーツ文化館の前を左に曲がって数百メートル行くと、特徴的な建物が見えてくる。半円のドームが3つ連なるガラス張りの巨大な温室だ。夢の島熱帯植物館である。

 中に入るとそこはまさしくジャングルだ。巨大な水生植物の葉が浮かぶ池の周りにはシダが生い茂り、音を立てて滝が流れ落ちている。しばらく行くと、ニッパヤシの葉で葺かれた熱帯の家がある。家の周りにはバナナやマンゴー、カカオなどおいしそうな植物がたくさん植えられている。電信柱と見まごうばかりのダイオウヤシは、高さ28メートルの天井を突き破らんばかりの「巨木」だ。タコノキ、ノヤシ、ムニンノボタンなど、小笠原諸島にしかない希少種が集められた一角もある。

緑豊かな熱帯植物園

 この熱帯植物館の裏手に広がるのが夢の島マリーナである。かすかに潮の香りが漂う階段を下ると、目の前が開けて、いくつものヨットが停泊する砂町運河に出る。運河沿いには、昭和29年、アメリカによる水爆実験で被ばくした第五福竜丸の古びた木造の船体を展示した展示館もある。同船は廃船になって長らく、埋め立て地の中に打ち捨てられていたという。

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