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粘菌vs.チャタテムシ 北大の異能が語り合う「もしかしてイグ・ノーベル賞狙ってた?」

“粘菌研究者”中垣俊之דチャタテムシ研究者”吉澤和徳 初対談【後編】

note

ゴキブリホイホイを開いて眺めるのが楽しみだった

――ところでお二人は子どもの頃「科学少年」だったんですか? 科学に興味を持つまでのお話を少しお聞かせいただけませんか?

吉澤 母の話では、物心つく前からの根っからの昆虫少年で、はいはいが出来るようになってまもなく、台所においてあるゴキブリホイホイを開いて眺めるのが楽しみになっていたそうです。小中高でも昆虫と関わり続けてきましたが、行動範囲が自転車で行けるところに限られていたこともあり、珍しい虫をコレクションすると言うより、身の回りの昆虫相や生態なんかを調べるような事を中心にやっていました。まあ、赤ん坊の頃から今まで、大して変わってないと言うことです。

 

中垣 私は植物や虫、貝殻や岩石など自然物の図鑑を眺めるのが好きでした。野山で遊んでいた時に見たものが図鑑の中に見つかると嬉しかったし、逆に図鑑でしか見てなかったものが突然目の前に現れると楽しかった。通学途中も足元をキョロキョロしながら歩いてました。特に気に入ったものは自由帳……懐かしいですよね、これに絵を描きました。母によれば、図鑑でしか見れなかったもの、例えばカニのゾエア幼生を描いて母に見せに行ったりしてたそうです。 小学生時代は、帰宅後は専ら図画工作と体育の予習復習に勤しんでおりました。

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もしかしてイグ・ノーベル賞を狙ってた?

――そして、お二人とも極めてユニークな研究で評価されることとなるわけですが、もしかしてイグ・ノーベル賞を狙っていたりはしませんでしたか?

中垣 いやいや、最初から狙える人がいたら、それはかなりの才能ですよ。私なんて、最初はどこが「笑える研究」なのか理解できなかった。

吉澤 僕はイグ・ノーベル賞が好きでずっとウォッチしてきたし、傾向として下ネタが好きだってことは知っていましたので……、受賞のことを考えていなかったといえば嘘になるんですけども(笑)。ただ、やはりイグ・ノーベル賞の醍醐味は研究者自身のインパクトにあると思ってて、それに対して僕は本当に真面目な人間なので、イグ・ノーベル的ではないとも思っていたんです。中垣さんのほうが相当“おかしな”研究者だと思います(笑)。

中垣 今の言葉、そっくりそのままお返しいたします。吉澤さん、ご自身のことをもう少し客観的に見られてはいかがでしょうか?(笑)

 

吉澤 いえいえ……。ただ、僕たち研究者というのは未知のものを切り開いて、先ほどお話したような常識を覆す発見をするのが使命の一つだと思っているんです。最近は、ある程度先が見えている「役に立つ研究」がどうしても優先される風潮にあります。それはもちろん科学の使命です。でも僕らがやっている基礎研究、本当に誰も到達していないところに踏み込んでいくことも、科学の使命だということをきちんと伝えていかなければならないと思っています。

「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」

中垣 その通りですね。科学は人の役に立つ側面があると同時に、芸術と同じように人の心を満たす活動でもあるはずなんです。世界が一変するような発見や、人が「生きててよかった」と考えるような真理を求めるという意味では、科学と人文学に垣根はないと思っています。ですから、特に大学という場所には、こういった分野をもっと育てて欲しいですし、国の予算も手厚くって思うのですが。それが「粘菌生活者」からの願いです(笑)。

吉澤 同感です。一見「なんだコレは?」と思われるような研究にこそ、人間を取り囲む世界の真実が潜んでいると笑いながら知ってほしいですね。これからもお互い“おかしな研究者”同士、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」をさらに深めていきましょう!

北海道大学農学部の前で

※北海道大学CoSTEP:科学技術の専門家と市民の橋渡しをする人材「科学技術コミュニケーター」を養成する、教育研究組織。

写真=棟方直仁

なかがき・としゆき/1963年愛知県生まれ。北海道大学電子科学研究所所長。北海道大学大学院薬学研究院修了。名古屋大学大学院人間情報学研究科で博士号を取得。研究テーマは、細胞情報処理の物理化学動態など。粘菌に迷路を解く能力があることを発見した業績に対して、2008年イグ・ノーベル認知科学賞を受賞。さらには、粘菌を用いて鉄道などの最適ネットワークを設計する研究で、2010年イグ・ノーベル交通計画賞に輝く。趣味は、歩き回ることと、庭で野菜を作ること。著者に『粘菌 偉大なる単細胞が地球を救う』(文春新書)など。

よしざわ・かずのり/1971年新潟県生まれ。北海道大学大学院農学研究院准教授。九州大学大学院比較社会文化研究科修了。同研究科で博士号を取得。2000年、北海道大学大学院へ着任する。研究テーマは、大きさ数mmの昆虫であるチャタテムシの体系学的研究など。ブラジルの洞窟に棲む、オスとメスで生殖器の形状が逆転している昆虫「トリカヘチャタテ」を発見した業績により、2017年イグ・ノーベル生物学賞を受賞。趣味は各地のビールを飲み歩くこと。

粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う (文春新書)

中垣 俊之(著)

文藝春秋
2014年10月20日 発売

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