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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

空っぽの瓶(ボトル)――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 私は自分のことを、物心ついてからはいつも「わたし」と呼んできた。わたしは、ピアノを習っています。わたしは、五人家族です。わたしは、大阪で生まれました。そんな風に。

 小さい頃に「さおりちゃんはね」と名前で自分を呼ぶこともなければ、関西出身だからといって自分のことを「うち」と言うこともなかった。私の一人称はいつも「わたし」だった。

 でもある日、自宅に届いた自分のインタビューが載った雑誌を読んでいたら、私の主語が全て「あたし」という表記になっていたことがある。

 私は口元に手をやりながら、ページをめくっていった。

「あたし」という一人称が出てくるたびに、眉間に力が入る。掲載されていたのは伝統的な音楽雑誌で、バンド活動についてのインタビューだった。

「あたし」という主語で語られたインタビューは、こんな調子だ。

――あたしはバンドを始めてから、自分の存在価値に自信が持てなくて、いつかクビになるんじゃないかと思っていたんです。

――でも今考えれば、それがあたしのモチベーションだったのかもしれない。

――あたしもちゃんとバンドの一員として、堂々と立てるようになりたい。良いものが出来た時に、ちゃんとどうだ!って思えるあたしになりたい。

 ただ「わ」が「あ」になっているだけなのに、それはまるで別の女の子が喋っているように見えた。

「あたし」という主語でバンドのストーリーを語るこの女の子は、「わたし」より性格が明るくて、たぶん「わたし」よりほんの少し日に焼けていて、「わたし」より体重も五キロくらいは重そうな感じがした。

「わたし」よりよく笑い、「わたし」より面白いことをやって人を笑わせることも出来そうだ。

 たった一文字のことなのに、こんなにも「わたし」と「あたし」という人格が違うように見えることに驚いた。

 私は誌面で話している架空の「あたし」に押しつぶされそうな息苦しさを感じて、すぐに編集者に連絡した。

「私の一人称は、『わたし』って書いて下さい。私、自分のことを『あたし』って感じがしないんです。細かいことかもしれないけど、自分が言った言葉のはずなのに、別の人の言葉みたいに感じたんです」

 編集者はすぐに理解してくれたが、私は改めて自分の一人称について考えさせられることになった。