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“鳴尾浜のゴジラ”陽川尚将が、ついに一軍で花開いた理由

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/07/03

 目の前に姿を現したのは「猪」に「鹿」だ。目をぎらつかせ、牙をむく“虎”は、大皿に盛られた鮮やかな赤身を1枚ずつ丁寧に、鍋の中でグツグツと沸く出汁にくぐらせた。

「めちゃくちゃうまいっすね」。口から白い息を吐きながら、陽川尚将は、初体験のジビエ料理に感激していた。今年1月上旬、プロ5年目の26歳は“山の中”で黙々とバットを振り込んでいた。

陽川尚将

「鳴尾浜のゴジラ」という“汚名”

 和歌山県西牟婁(にしむろ)郡の「上富田スポーツセンター」は、なでしこジャパンがロンドン五輪で銀メダルを獲得するなど、合宿で利用したアスリートが好成績を収める“パワースポット”。野球場も両翼98メートル、中堅122メートルと本格的で、例年ウエスタン・リーグの公式戦も開催されている。陽川は、知人の協力で16年から年明けの自主トレ拠点として、汗を流してきた。

 舌鼓を打った「鹿肉のしゃぶしゃぶ」と「ぼたん鍋」は、球場裏の山で直前まで生息していたもので、関係者の計らいで、差し入れとして振る舞われた。野性味溢れる「ジビエ」で腹を満たすと“戦場”へ思いをはせた。「三塁には鳥谷(敬)さんがいて、一塁には(ウィリン)ロサリオがいる。高い壁ですけど、そこに勝っていかないと生き残れないので。結果にこだわってやっていく」。弱肉強食の世界で生き残るべく、ワイルドに決意を語っていた。

鹿肉のしゃぶしゃぶを口にする陽川尚将 ©遠藤礼

 あれから、6カ月が過ぎた。今、陽川は猛虎打線に欠かせぬ存在になりつつある。4番候補だったロサリオの2軍降格、正三塁手として期待された大山悠輔の不振もあって、6月3日に今季初昇格。「6番・一塁」で即日出場した西武戦ではメットライフドームの左翼席へ突き刺さる今季1号を含む2安打4打点と結果を残した。以降は9試合連続で先発出場を果たした。6月23日の広島戦では、今季13個目の「H」ランプを灯して、16年の12安打を超えるキャリアハイも静かに更新。「今年結果を残せないと立場は危なくなる」と、勝負を懸けた1年でまばゆい輝きを放ち始めている。

 鳴尾浜のゴジラ……16年から2年連続でウエスタン・リーグの本塁打、打点の2冠王に輝いた背番号55の異名だ。それは同時に、昨年までのプロ4年間で41試合出場、打率.167、3本塁打、5打点という、2軍成績とは対照的な数字を浮き彫りにし、1軍では歯が立たないという“汚名”でもあった。昨オフの契約更改では、減俸提示で2軍のタイトルでは「銭」にならないことも痛感。「もういらないですね」とタイトル返上を誓った。

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