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ロッテ・安田尚憲が書いた「あの夏、清宮幸太郎選手と話したこと」

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/07/08

 作文とか文章を書くのは苦手です。最後に書いたのは中学校の卒業文集以来のような気がします。よく先生からは「(内容が)適当だね」と言われていました。色々な話がある中でそれを一つにまとめるのが苦手です。だから、最後はもういいやと適当になってしまうのを先生にはしっかりと指摘されていました。というわけでこのコラムを書いて欲しいと言われた時は正直、嫌だなあと思いました。

原稿を書く安田選手 ©梶原紀章

 それはロッテ浦和寮で夕食を食べ終わって自室でリラックスしている時のことでした。突然、ノックをする音がしてドアを開けると梶原(紀章)広報が立っていました。ちょっとお願いがあるのだけどと言われてパソコンを渡されました。

「本を読むのは好きでしょ?」と聞かれたので「ハイ。最近は井口監督の本を読みました」と答えました。「漢字は得意?」と続けざまに質問があり「得意です。高校では毎朝、テストがありました。漢字検定準二級を高校2年の時にとりました」と伝えるとニヤリとされ、「じゃあコラム書けるよ」と肩を叩かれました。

 鈴木大地選手、中村奨吾選手のコラムは読んでいたのでイメージはありました。ただ、いざ自分が書くとなるとなにから始めたらいいか分かりません。でも、やっぱり皆さんが興味があるのはファイターズ清宮幸太郎選手の話だろうなあと思い、その事から書き始めることにしました。梶原さんからも「それ最高!」と言っていただきました。

履正社・安田と早稲田実業・清宮 ©文藝春秋

清宮との合宿中の印象深い出来事

 お互い二軍にいますが、自分は3本ぐらい彼のホームランを目の前で見ています。なかなか強烈な打球ばかりでした。高校の時からもちろん凄かったですがプロに入ってまたレベルアップしている印象です。

 柔らかさとホームランを打つコツというかポイントを知っているというように見えます。よく話をするようになったのは高3夏の甲子園の後に行われた高校ジャパン(侍ジャパンU18)でチームメートになった時のことです。

 千葉で行われた事前合宿で同部屋になり、いろいろな話をさせていただきました。とても気さくで、よく話をする選手だなあという印象を受けました。でも、一番印象深いのは、練習を終えて部屋に戻ると机に座って学校の夏休みの宿題をやっていたことです。正直、あの清宮が学校の宿題をするの? というのが私の気持ちでした。でも、本人は「結構、大変で難しいんだよ」と頭をかきながらも黙々と机の上で勉強をしていました。

 早稲田実業高校は勉強に厳しく日本中の注目を集めてジャパン入りしたからといって特例が許されることはないのかとビックリしました。覗いてみると難しそうな内容ばかり。野球に全力で取り組みながらも、勉強にしっかりと向き合う姿に刺激を受けたのを覚えています。