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七夕の悲劇を乗り越えて ヤクルト・小川泰弘は『きっと、うまくいく』

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/07/09

 僕の手元にあるのは、ミズノ社製のNPB公認球。その一部は黒ずんでおり、さらに仔細を確認してみると、土で揉まれたような跡や、激しくこすられたような擦過傷がうっすらと確認できる。そして、このボールにはNPBやミズノのロゴマークの他に、こんなフレーズが青い文字で記されている。

DYNAMITE BOAT RACE 2017

 これだけでは、まだ何のことかわからないかもしれない。このボールを理解するヒントは、球団公式ホームページの「イベント」欄に隠されている。昨年7月3日にリリースされた「イベント情報」には、次のような一文が記されている。

7月7日(金)広島戦「DYNAMITE BOAT RACEナイター」を開催します!

 昨年7月7日、神宮球場で行われた広島東洋カープとの第12回戦。この日、BSフジテレビで放送されているボートレース番組とのコラボマッチが行われた。そして、それを記念して、この日の試合における使用球にはすべて、前述の「DYNAMITE BOAT RACE 2017」がプリントされていたのである。

「DYNAMITE BOAT RACE 2017」の文字がプリントされボールと、球団HPの告知文 ©長谷川晶一

悪夢のような一戦で実際に使用されたボール

 そう、僕の手元にあるのは、昨年の七夕の試合で実際に使用されたボールである。ワンバウンドしたことによって新しいボールと交換されたものなのだろうか? あるいは、グラウンド内のファールとなり、ボールボーイによって回収されたものなのだろうか? 試合のどの場面で使われ、どのシーンで回収されたものなのかはわからない。けれども、間違いなくこのボールは、あの日の神宮球場で誰かが投げ、誰かが打ったと思われる試合球なのだ。

 このボールを入手したのは今年の春先のことだった。あるヤクルトファンから、「私が持っているよりも、長谷川さんが持っていた方がいいと思って……」と手渡されたのである。彼女は、昨年の七夕に神宮球場を訪れ、試合中に行われたファンクラブ会員向けのクイズに答え、その当選者となったことで、球団からこのボールをもらったのだという。

 賢明なるヤクルトファンの方であれば、すでにおわかりであろう。このボールにはどんな意味が込められているのか? 彼女がなぜ、このボールをわざわざ僕にくれたのか? そう、この日は、「七夕の惨劇」として、今もなお多くのヤクルトファンが記憶にとどめている一戦が行われた日なのだ。この日のことを、僕は原稿に書いた。そして、それを読んだ彼女が、「あの日を忘れないために」とボールをくれたのだった。

 この日、神宮球場で行われた対広島戦は、多くのヤクルトファンにとって、まさに悪夢のような一戦だった。8回を終えて8対3と5点のリードを誇っていたものの、クローザーに転向したばかりの小川泰弘がまさかの6失点。大逆転負けを喫した。あの日の心情は今でもありありとよみがえってくる。行くあてのない僕たちは途方に暮れた。辛かった。悔しかった。泣きたかった。いや、正直言えば泣いていた。泣いたっていいじゃないか?