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そこは三嶋一輝を旅するふしぎなエレベーター

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/07/21
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本当の三嶋に、もう一度会いたい

 そこは三嶋を旅するふしぎなエレベーター。

 今度こそという気持ちで「13」のボタンを押した。エレベーターに揺られながら私は「15」の結末を反芻していた。あのとき9番打者に投げたナイフのようなボールを、その年にはもう見ることはなかった。先発からリリーフへ、そしてリリーフでも出番を無くし、1軍から姿を消した。ただあの私怨のような遺恨のような晩夏の試合だけが、ぽっかりと記憶の海に浮き上がるような年だった。わからない。三嶋がわからない。三嶋ってなんだろう。そしてなぜ、このエレベーターは「13」で止まってくれないんだろう。

 きっと「13」では……こんな光景を目の当たりにするはずだ。ふわっとした顔立ちなのに、マウンドに立てばまるで獲物を狙うハンターのように打者を見定める。強気のピッチングでガシガシ三振を奪う。三振と一緒にファンのハートも奪う。そして三振と同じくらい四球もぶっ放す。ルーキーながらオールスターにも選ばれた。新しくなったベイスターズにやってきた、新しい希望。

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 忘れられない。風が気持ちいい5月の日。内海と投げ合った三嶋を。援護もないままただひたすらマウンド上で腕をふる。たとえランナーを背負っても、強気の無心は変わらない。あのとき本当にハートを奪われたのだ。大投手相手に一歩もひるまない三嶋に。8回140球無失点でも勝ちのつかなかった三嶋に。もう一度会いたい。あれが本当の三嶋のはずだから。

そう、2013年の三嶋はもういない

「チン」「ガタン」。音と揺れで、我にかえった。エレベーターは止まった。扉を抜けると日はすっかり暮れていて、月がキレイな夜だった。風は少し冷たかった。無人のグラウンドに、でもスタンドにはたくさんの観客。みんなスクリーンにうつしだされる試合にくぎ付けになっていた。2回、先発の石田に代わってコールされた「ピッチャー、三嶋」。

「え?」「どうして?」騒がしかったスタンドが一瞬しんと静まる。いたたまれず私は「みしまぁぁぁぁぁぁ」と叫んだ。2016年のファイナルステージでは抑えることができなかった広島打線を、2イニング2奪三振無失点。「三嶋!!」「やった!!」周囲の人たちが思わず立ち上がる。三嶋はわずか20分足らずで、お客さんのハートを奪っていた。

 2013年の三嶋にハートを奪われて、奪われたまま、今の三嶋から目をそらしていた。三嶋はいつだって、そのときの三嶋を懸命に生きていたのに。開幕を1軍で迎えられない年も、長い時間をファームで過ごしていた年も、則本の登板にぶつけられてボコボコにされたことも、鳥谷にサヨナラ安打を浴びたことも、三嶋はそのときを懸命に生きていたし、投げていた。

 今三嶋は、貴重な中継ぎとして、相変わらずフワっとした顔立ちで、でもその目は獲物を見定めている。三嶋の名がコールされると、ハマスタは湧く。ガッツポーズに歓声が上がる。三嶋はその右腕で、変えたのだ。昔は良かった、2013年の三嶋は戻ってこないのか、そんな声を結果で黙らせている。そう、2013年の三嶋はもういない。だけど。

 三嶋エレベーター。

 そこは三嶋を旅するふしぎなエレベーター。

 私は静かに、でもしっかりと「18」のボタンを押した。

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