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スワローズの選手はDD(誰でも大好き)だった私が、最近気になる畠山和洋選手のこと

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/07/28

 高津さんを好きになってから、古田さん、伊藤智仁さんを好きになって、黄金期の選手みんな大好きになって、チーム全体が好きになって……。そこからDD(誰でも大好き……ただしヤクルトの選手に限る)期が長く続きました。「特にこの選手の応援をしたいな」「この選手の背番号の入ったユニフォームを買いたい」と思うまで、結構空いてしまったんですが、近年2人の選手のことが気になるようになりました。今回はその内の1人の選手のお話をしたいと思います。

 畠山和洋選手、背番号33、内野手。登場曲は湘南乃風の『黄金魂』。勝手なイメージですが、私は彼のことを、小さいことは気にしない、豪快な人なのかなぁと思っていました。私自身が夢を追っていた時期と重なるので、私が畠山選手を意識し始めたときには既にパワーヒッターで活躍していました。

 数年前、具体的にいつ、どの試合というのは覚えてないんですが、畠山選手の調子が悪い時期があって、一部のファンの人たちから「ハタラケヤマ」と言われてしまうこともあった頃。ある試合のヒーローインタビューが畠山選手だったんです。辛い時期でのヒーローインタビュー。久しぶりだっただろうし、「どんなお話をしてくれるのかな」「嬉しいだろうなぁ」なんて思いながら待っていました。

 しかしまったく笑顔を見せることなく、「いつも働けてないんで」とか、「どうせ俺なんて……」的なお話だけで終わってしまって。拗ねているような、不貞腐れているような、なんというか「そんなこと言わないでよぉ、せっかくのヒーローインタビューなんだし、喜んだって誰も文句言う人なんていないのに! そのくらいの活躍をしたのに!!」って悲しくなってしまいました。

一見「豪快な人」に見える畠山和洋 ©文藝春秋

知れば知るほど魅力的な畠山選手

 元々バッティングフォームが独特で気になってはいたんですが、この日から更に気になって畠山選手のことを調べてみました。

・2軍でそこそこやれたことで遊んでしまった
・若い時は練習をいかにサボるかということばかり考えていた
・パチンコが好き
・反省したと思わせておいて、ほんとにすぐにまたサボる
・ヒゲを剃れと言われて一度は剃ったが、ヒゲを剃っては個性が無くなりファンに覚えてもらえなくなるからまた伸ばした
などなど。

「面白いなこの選手(笑)」。もし私が畠山選手の若手時代に熱心にヤクルトを応援していたら、「なんだこの選手! そんなんじゃ1軍で活躍できるわけないだろう!!」と怒っていたかもしれません。でも気づいた時点で既に活躍しているので、数々のエピソードに笑っちゃってました。ヒーローインタビューで聞いた印象を足すと「繊細な人」。野球選手のそこまでの内面ってなかなか知る機会無いと思うので(いや、本当は違うかもしれないけども!)、ヒーローインタビュー聞いた後の衝撃は結構なものでした。当初抱いていたイメージともまったく違うんだなって思いました(笑)。

 2軍でそこそこやれたことで遊んでしまったって、これって物凄い素質があったってことですよね。そこからいろんな苦悩を乗り越えて、努力があって今の畠山選手がいる。どれだけ才能があっても、どれだけ練習しても、プロになって大活躍できる選手はひと握り。厳しい世界でこんなにも繊細な選手があれだけ活躍するのにどれだけの辛いことを乗り越えているんだろう。怪我をして戻れなくなった時にどれだけ不安になってしまうんだろう。畠山選手のことを考えれば考えるほど気になって仕方なくなりました。

 畠山選手に活躍してほしい、笑顔でいてほしい、嬉しそうにしているヒーローインタビューを見たい、もしまたファンから叩かれてしまっても、私が頑張れコールを送るぞ! 気付いたらどっぷりファンになっていました。33のユニフォームも買いました。2015年、チームはリーグ優勝して畠山選手は打点王になって、はっちゃけている畠山選手をたくさん見られて嬉しかったのですが、翌年から怪我で苦しむことに……(涙)。

 どんな選手もそうだと思うんですけど、調子が上がらないとか、チャンスを掴めないとか、2軍の情報とか、怪我やリハビリの情報とか、嫌なニュースでもそういう情報があるときってまだいいと思うんです。世間から忘れられていくことがいちばん辛いというか、引退が近付いてるのかな……って感じてしまうことが怖いんです。ファンとしては、もうプレーが見られないこともですが、それよりも、志半ばでユニフォームを脱ぐのを見ることがいちばん辛い。畠山選手の情報もどんどん少なくなってきて、「怪我大丈夫なのかな、出られないのかな、また見たいけど、もしかしてそれは叶わないのかな……」、そう思っていたとき、畠山選手を自分の目で目撃できるかもしれないチャンスを得ました。