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桂歌丸さん死去 生前語っていた「笑点」のすべてと「妻」とのやりとり

「笑点」五十年蔵出し独演会!――インタビュー再録

2018/07/02

source : 文藝春秋 2016年7月号

genre : エンタメ, 芸能, テレビ・ラジオ, 社会

落語家の桂歌丸さんが、7月2日に81歳で亡くなりました。
『笑点』出演卒業を期に「初代司会は談志さん、わたしの髪もフサフサでした」と番組の50年を振り返った手記を、追悼とともに掲載します。

(出典:文藝春秋2016年7月号)

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桂歌丸(2016年5月撮影) ©文藝春秋

 謹んで、ご挨拶を申し上げます。

 わたしが司会を務めさせていただいていた番組『笑点』が、5月の放送をもちまして、めでたく50周年を迎えることと相成りました。

 いまの大喜利メンバーの中で、わたしだけが第1回目から出演をさせていただいておりました。当時は新進気鋭の若手で、髪もフサフサ、ひとたび通りに出れば、群がる女性をかき分け、かき分け歩いたものでした(笑)。

 50年間、しゃかりきになってやってきました。色々なことがございましたが、これだけ長く続けてこられたのは、ひとえにファンの皆様のお陰でございます。

 そしてこのたび、司会の座から降りることに致しました。ここで若い方に譲らなければ、番組は長続きしない。そう考えた次第でございます。

 人気演芸番組『笑点』(日本テレビ系・毎週日曜・午後5時30分~6時)が5月、放送開始から50周年を迎えた。桂歌丸(79)が大喜利の五代目司会者を務め、メンバーには林家木久扇(78)、三遊亭好楽(69)、三遊亭小遊三(69)、三遊亭円楽(66)、春風亭昇太(56)、林家たい平(51)と、おなじみの噺家がズラリ。高視聴率を維持し続け、5月15日に放送された「50周年記念スペシャル」も、20.1%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録した。

 記念番組の最後に、歌丸が視聴者に向けて勇退を報告。それに先駆けて行なわれた記者会見では、引退の理由について「体力の限界。これ以上スタッフや仲間にご迷惑をかけられない」と、自らの体調によるものであると語った。

2016年8月、国立演芸場での「江島屋怪談」 ©文藝春秋

 79年の人生で、大変多くの病気を患ってきました。ヘルニア、胆のう摘出、肺気腫……。2000年、急性腹膜炎になったときは、あまりの痛さで声も出ず、意識を失ったものです。手術でお腹に穴をあけましたが、それでも番組に穴をあけることはありませんでした。

 ところが10年に肺炎で入院したとき、収録をやむなくお休みすることになりました。わたしの代わりに木久ちゃんと好楽さんが司会を務めてくださったんですが、あまりにも下手で……。早く戻らないといけないなと強く思ったものでした(笑)。あのときの復帰が早かったのは、間違いなく二人のお陰です。

 しばらくは痛みを押して番組に臨んでいましたが、さらにここ2~3年で、体が馬鹿にガクッときたんです。一昨年は肺疾患と帯状疱疹、昨年は腸閉塞。どちらも入院して、『笑点』も高座もお休みすることになってしまいました。

 いまわたしが抱えている大きな病気はふたつ。一つは呼吸器の病気。体を動かすと息切れをしてしまうんです。それだけなら、動くことは出来るんですが、もう一つ腰の病気もあってあまり歩けない。楽屋から高座に出ていくだけで苦しいんですね。酸素を吸いながら出て行ったり、釈台や合引という腰掛けを使うこともあります。羽織を着ていると、お客さんからは座っているのが見えない。ですから、ご覧になる方は「大丈夫じゃないか」とお思いになるかもしれない。でも油断すると後ろにひっくり返ることもあるので、決して油断しちゃいけません(笑)。

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