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連載高野秀行のヘンな食べもの

2018/07/10

 今でも忘れられない光景だが、雪がしんしんと降る晩に突然、彼が私の暮らす寮のドアを拳でドンドン叩き、中に駆け込んできた。頭にはうっすらと雪をのせ、手には血まみれのビニール袋をぶらさげている。ハアハア喘いでいて、今人を殺してきたような風体だった。

 なんでも、「親戚に死にそうな年寄りがいるのでどうしても一つほしい」と知り合いを通じて、ある病院の病院長に頼み込んだのだという。ちょうどお産があったので、急いで呼ばれて病院に取りに行ってきたのだそうだ。

 感謝感激する私に、彼は強く釘をさした。「いいか、これは人には言わないでくれよ。日本人に中国人の肉を売ったなんて知られたら大変なことになるかもしれないから」

 うーんと唸った。中国人も決して胎盤を他の珍味と同列に考えているわけではない。ある種の「人の肉」として認識しているのか。

「気持ち悪いから早くこれを受け取ってくれ」と彼は袋を放ってよこした。

 胎盤は、ついさっき、誰かのお腹から出てきたばかりらしく、新鮮な刺身のような匂いがした。

 これを餃子にして喰うのか。中国でしかありえない展開だ。(以下、次号)

※連載「ヘンな食べもの」が1冊の本にまとまりました。タイトルは『辺境メシ』。10月25日発売になりますので是非お手に取ってみて下さい。

辺境メシ ヤバそうだから食べてみた

高野 秀行(著)

文藝春秋
2018年10月25日 発売

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