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衝撃作の続編は、より大胆に、より深く。『ミルク・アンド・ハニー』が到達した性の深淵──「作家と90分」村山由佳(前篇)

2018/07/14

genre : エンタメ, 読書

note

普段は言いたいことも飲み込んでしまうけれど、小説に関してだけは我慢できない

――『ミルク・アンド・ハニー』はますます大胆に、そして深くなっていますよね。

村山 相当ぶっ飛んでいるんですけれど、連載途中から爽快になってきちゃって。どうとでも言ってくださいというか、言われたもん勝ちみたいな気持ちになってきました。

 いいのか悪いのか分からないけれど、作家であるということが、いろんな体験をすることやそれを書くことの言い訳になっているような気もします。そんなに物事を傲慢にとらえているつもりはないんですけれども、でも書くという仕事が私にとって大きいことであればあるだけ、そうなるんですよね。

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――普段の村山さんは、ものすごく人に気を遣われて、めちゃくちゃ優しいですよね。

村山 日常生活で必要以上に人に気を遣ってしまうのは、自分かわいさのあまりです。悪く思われたくないから(笑)。先回りして気遣いしちゃうし言いたいことは飲み込んでしまうほうなんですけれど、小説を書くことに関してだけは、何か体験すると、この場面をこの文章で書いたら作品全体が凄みを増すんじゃないかと思うと我慢できなくなって結局書いてしまう。

――『ダブル・ファンタジー』の最後で奈津は年下の男、大林と暮らし始めます。『ミルク・アンド・ハニー』の前半で「あ、別れそうだな」と思っていたのに奈津さんから言い出して入籍するからビックリしましたよ(笑)。大林は完全にヒモ状態で飲み歩いているし、セックスレス状態なのに。世間一般の夫とか妻とかの役割にとらわれない新しい夫婦像を築けばいいなとも思ったんですけど、でもねえ、大林がねえ……。

村山 大林がもう少し、ふたりの内側のことも目を届かせてくれれば、きっともうちょっと長持ちしたのかもしれないんですけれど。

 文字にして、描写していくって、冷静じゃないとできないことじゃないですか。だからこうしてフィクションに落とし込んだ時にはじめて理解できることが結構ありました。当時は「関係が終わっているわけじゃないのにどうしてこの人は怠惰に負けて何もしてくれないんだろう、なんて自分に甘いんだろう」と感じていたんですけれど、いざ書いてみると「いや、とっくに関係は終わっていたんじゃないか」と分かるところがあって。

©石川啓次/文藝春秋

モラハラ男ホイホイですよね、本当に

――書きながら感情がぶり返したり、後悔が押し寄せてきたり……ということはないですか。冷静に書けるものなんだなあと思って。

村山 今さら怒ってるとか、恨めしいということはないんですよ。そういう感情があったらたぶん書けない。後悔といったら……ちょっと無駄遣いしすぎたかな、とか(笑)。

――ああ、金銭問題も発生しましたからね。あれはもう、奈津さんに才能と体力があってお金を稼いでいるからこそ起きた問題でもありますが。相手が作った借金まで肩代わりしちゃうんですよね、奈津さんは。

村山 そう、奈津さんは、ね(笑)。こちらに余裕があったらしてあげたいことでも、「それは無理」っていうこともあるし。夫婦であっても恋人を続けたい、気持ちはまだお花畑でいたいわけですよ。後からいろいろ使いこんでいることが分かっても「あのお金返せ」とは言えないし。いい人だなと思われていたいんでしょうね。自分がそうすることによって相手がその場だけでも喜ぶから、そのことに安心するというか。「考え方の寝ぐせ」というのは本の中にも書きましたけれど、そういう癖がついてしまって、いつまでも直らない。大変よくないことだと思います。

――奈津さんってモラハラにも耐えてしまう人ですよね。モラハラ男が寄ってくるタイプ。

村山 ホイホイですよね、もう本当に。馬鹿ですよね(笑)。