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和食の異端児「ラーメン」誕生の秘密に迫る

瀬尾幸子が『ラーメンの歴史学』(バラク・クシュナー 著)を読む

2018/07/16
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『ラーメンの歴史学――ホットな国民食からクールな世界食へ』(バラク・クシュナー 著/ 幾島幸子 翻訳)

 肉や魚を贅沢に使ったスープと、塩、脂、炭水化物。ラーメンというこの魅力的な料理は、日本で独自の発展を遂げ、世界各地で人気を博している。いまなお進化をつづけるラーメンはいかに生まれたか――その誕生の秘密に迫るにあたり、著者は日本の食文化の歴史をひもといていく。

 そもそもラーメンのことを「和食」と呼んでもいいのだろうか。アジアの食の中心は米と野菜だ。それに加えて発酵調味料と少量の肉、卵、魚でできている。

 中でも日本の食は米、麦、そばと野菜、近海の魚からなる(めったに食べることはできなかったが、鶏肉や卵もあった)。つまり現代のラーメンをかたちづくる要素は、日本古来の食文化からは生まれ得なかったはずなのだ。ますますラーメン発祥の謎は深まるばかりである。

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 大きな大きな謎を前にした著者は、ときに平安時代の文献にあたってみたり、神道と食の関係を考察してみたり。膨大な資料をもとにしてラーメン誕生の瞬間に近づいていく。

 私がはたと膝を打つのは、戦後の歴史にさしかかるあたりだった。敗戦直後で食糧不足に悩む日本に、アメリカから膨大な量の小麦がもたらされる。やがて「麺」へと生まれ変わるこの食糧支援の立役者がマッカーサーだったことを知れば、ラーメン誕生が日本食文化史の必然でありながら、同時に和食の異端児でもあることに深く納得させられた。

 著者が語る日本の食についての評価すべてに賛同はできないが、いかにも日本的な、箱庭的魅力に満ちた、あのどんぶり一杯の麺へ至る歴史記述は掛け値なしに素晴らしい。

 ラーメンがいかに生まれ、いかにこの国に根付いていったかを知った。ではこれから先、我が子のようにかわいいこの和食の異端児は、世界中の食文化の中をどんな風に歩んでいくのか。そんな考えなくてもよさそうなことにまで思いが至ってしまう。

Barak Kushner/歴史学者。ケンブリッジ大学アジア・中東研究科日本学科准教授。邦訳著書に『思想戦―大日本帝国のプロパガンダ』『検証 日本の「失われた20年」―日本はなぜ停滞から抜け出せなかったのか』(共著)。

せおゆきこ/料理研究家。テレビ、雑誌等で手軽かつ本質的なレシピを披露し活躍。『うれしい副菜』『みそ汁はおかずです』など著書多数。

ラーメンの歴史学――ホットな国民食からクールな世界食へ

バラク・クシュナー(著),幾島 幸子(翻訳)

明石書店
2018年6月7日 発売

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