文春オンライン

自衛隊「イラク日報」――ブラック職場が生んだ意味なさぬ黒塗り

370日分、14141ページにも及ぶ「日報」を読み込んで判明した問題点

2018/07/23

報道と突き合わせれば分かる黒塗り

 黒塗りした内容が推測できてしまうパターンはいくつかある。よく見られたのが、当時の報道と突き合わせれば、分かってしまう例だ。

 2006年5月8日の日報では、6日に発生したバスラにおけるヘリ墜落事案が報告されている。

2006年5月8日の「イラク復興支援群活動報告」より

 この報告では、墜落したヘリの所属国・部隊は黒塗りで明らかにされていない。もっとも、当時の報道を当たってみると、どこの国かはすぐに分かる。当時のNHKは次のように伝えている。

ADVERTISEMENT

〈バスラに駐留するイギリス軍によりますと、6日午後、日本時間の午後7時前、イギリス軍のヘリコプターがバスラ市内の住宅に墜落しました。

 イラクの警察は、ヘリコプターはロケット弾かミサイルで攻撃され、ヘリコプターに乗っていた兵士4人が死亡したとしており、イギリス軍が現在、情報の確認を急いでいます。〉

「NHKニュース」の第一報, 2006年5月6日

「バスラにおける■■ヘリ墜落事案」の塗りつぶされている部分は、その短さからも「英軍」でほぼ間違いないと思われる。イギリス軍がうちのヘリが墜落したと発表している事案に対して、詳しい所属はともかく、所属国まで隠す意味はどこまであるのだろうか。

まるで現国・社会科目の穴埋め問題

 また、このヘリコプター墜落事案は日報を読み込んでいれば、当時の報道と突き合わせる必要もなく所属国が分かる。墜落後の2006年5月18日の日報にある「バスラ日誌」では、墜落犠牲者の遺体を本国に送還する式典に参列した自衛官が次のように記述している。

〈昨日1755から、バスラ航空基地エアポートにおいて、先日のヘリコプター墜落事案で亡くなられた5名の方のご遺体を、本国へ送還する儀式が執り行われた。今回も参列者への統制は最小限で、現地において説明があった後、すぐに式が開始された。従軍牧師の先導で、バグパイプの音色が響くなか、各々の棺を6名の兵士が担ぎ、航空機の手前に安置した。〉

「バスラ日誌」、「イラク復興支援群活動報告」2006年5月18日

 以上の記述から、様々なことが分かる。まず、牧師という記述から、犠牲者の母国がキリスト教のプロテスタントの影響が強いことが分かる。そして、バグパイプが演奏されていることから、軍楽隊がバグパイプを演奏するような文化的伝統を持つ国と分かる。バグパイプ文化を持つ国は有名なスコットランドの他に中東や地中海沿岸にもあるが、プロテスタントが強い国となると、イギリスか英連邦のいずれかの国に絞れる。そして、日報を読んでいれば、バスラ基地が英軍ヘリの運用拠点であることもわかる。とすると、必然的にヘリの所属国はイギリスだとほぼ確定することができる。

ヘリコプター事故で犠牲になった搭乗員の棺を運ぶ英国軍兵士たち ©getty

 何のことはない。これは中高の現国・社会科目でやったような、長文中にある空欄を文脈や社会的知識から推測して埋めていく問題と同じだ。このように、特に軍事的な知識を必要としなくても、黒塗りの内容を推測することはできる。もっとも、黒塗りを忘れたのか「英軍ヘリ墜落」といった表現が、墜落後に頻発しているのだが……。