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自らの人生と現代日本とを重ね合わせた、津島文学の集大成

『狩りの時代』 (津島佑子 著)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年12月号

genre : エンタメ, 読書

 

片山 今年2月に亡くなった津島佑子さんの遺作の長編小説です。

 津島さんは太宰治の娘。身近な経験から思考をこつこつ積み上げ、私小説的次元を大きな世界観へと飛躍させてゆく。それを思考の過程が滲み出るような執着力のある文体で綴る。戦後日本の大家のひとりでしょう。東日本大震災の原発事故に衝撃を受けられ、そこからは現代人が科学文明に背負わされているリスクへの恐怖心、そして国家への不信感が作品を支配するようになりました。

 本作にまず登場するのは、戦後まもなく若くして渡米し、そのまま彼の地で暮らす物理学者の永一郎。日本人が原子力に憧れてアメリカに行くのが福島にこだわる津島さんならではの設定です。でもこの小説は永一郎だけの物語ではない。兄弟や甥、姪など一族のあれこれが、戦前からの大河的群像劇として綴られ、時間は過去と現在を自由に往来します。

 中心になるのは永一郎の姪の絵美子ですね。彼女は日本暮らし。父親は永一郎の弟。絵美子が幼いとき、情死でなく酔客に暴行されて亡くなったというのですが、やはり太宰治がモデルでしょう。絵美子の兄でダウン症の耕一郎は、早くに亡くなった津島さんのお兄さんの投影。作家の最後の作品に相応しいですね。

山内 私も最初は永一郎の話かと予測して読み始めたら、いい意味で裏切られておもしろかったですよ。登場人物が多く、テーマも複雑。超長編になりそうなところを、読みやすい分量に抑えてまとめあげていく筆力は見事です。

 主役ではありませんが、永一郎は随所で存在感を示しています。シカゴに住んでいてそうそう帰国はできないものの、大家族の長男でもあり、常に日本の係累を気にかけている。やりとりも、今のようにメールではなく手紙ですよ。マメなのですね。

中村 いまやすっかり、大家族は減ってしまいました。本書では、永一郎がアメリカに出発する時は羽田に集まり、日本を訪れたら家に泊めてウナギを振る舞う。ときには親族の恋愛沙汰にも振り回される。こうした親戚付き合いは面倒なこともあるけれど、生きている実感に結びつきます。今は面倒からは解放された一方で、蒸留水を飲んでいるようで味気なくもありますね。

片山 そして全編の主題は「差別」。絵美子は、ダウン症の兄が差別され続けて亡くなったという強烈な被害者意識を持っている。生きるには「不適格」で「慈悲死」させるべきと言った従兄さえ居る。

中村 「慈悲死」って、ショッキングな言葉ですよね。「不適格」も本当に嫌な言葉です。津島さんは、人間は無自覚に差別をしてしまう生き物であり、乗り越えることができないとお悩みになっていらっしゃったのですね。その悲しさ、悔しさが伝わってきます。生物学に携わっていると、日々、生き物は多種多様だと実感します。理屈や精神論は抜きにして、生き物は多様でなければ生きていけないという事実が理解できる。ミミズやハエも、ありのままの姿で存在していることが大切なんです。生物について知れば知るほど差別という感情から解き放たれるので、生前の津島さんとそんなことをお話ししてみたかったです。

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