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連載高野秀行のヘンな食べもの

ハンモックで『千年の旅』――高野秀行のヘンな食べもの

2018/07/31

※前回「時空を超える幻覚剤ヤヘイ」より続く

イラスト 小幡彩貴

 コロンビアのアマゾンで、ヤヘイという“時空を超える”幻覚ドリンクを試した話の続き。苦い汁を飲み干して三十分ほどすると、だんだん気分が悪くなり、動悸がしてきた。目が回り、手足が痺れる。やがて、目の前でチカチカと星が飛びはじめ、気が遠くなりかけた。

 だんだん自分がどこで何をしているのかわからなくなってきた。バンコクにいると思ったり、いやインドだと思ったり。完全に譫妄(せんもう)状態に陥った。高熱を出しているときにも似ている。

 床に体を横たえると、少し楽になった。同時に、目の前に赤や青の鮮やかな光がピュンピュン飛び始めた。無数の光り輝く小人が鉄棒で大回転をやり、ものすごい勢いで曲芸を行う。

ヴィジョンを見ている筆者

 それからもいろいろな映像を見たが、それらは決して「幻覚」ではない。目を開けると現実に戻るからだ。ヤヘイは幻覚剤じゃなく「夢見薬」なのだ。でも、眠っているわけでもないのでやはり「幻(ヴィジョン)」と呼ぶのが正しいのか。しかし、音も感触もあまりにリアルで、とても幻とは思えない。私は、あるときはロケットになって凄まじい勢いで宇宙に発射された。飛ぶ感覚と、ジェットコースターで奈落の底に落ちる感覚がまざり、強烈なエクスタシーである。また、あるときは幼い子供に戻っていた。昔の実家の庭にいて、芝生や雑草の手触りや匂いまで感じられる。

 無数のイメージが次々と現れるが、記憶が寸断されるようで一瞬前のことが思い出せない。だからここに書いているのも、わずかに覚えている断片である。

「ハンモックがいい」と、不意に声がした。私は幻から抜け出し、グリンゴの手助けでハンモックに寝そべった。ゆらゆら揺れるハンモックに乗ったまま、ふわっと浮かび上がり、どこかへ飛んでいく。

 ハンモックで長い長い旅をした。意識がぶっ飛んでいるので詳しいことは思い出せないのだが、深海をさまよったり、世界の果てみたいな土地をぐるぐる回ったことは覚えている。『アラビアンナイト』や『源氏物語』のような、物語の世界も通った気がする。

 ほんとうに長い旅だった。

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