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知られざる「掌典職」の世界 儀礼担当者が語る「平成の大礼」の舞台裏

2018/08/19
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 「ご公務」という祈り

 儀式の形を守るという点では、こんなこともありました。即位の大礼に先立ち、大嘗祭に奉納する米と粟を作る斎田の場所を決めなくてはならないのですが、それは「亀卜(きぼく)」といって亀の甲を火にくべ、その割れ方で決めます。そのためには体長1メートル30センチ以上のアオウミガメの甲と波波迦木(ははかぎ・ウワミズザクラ)が必要なのですが、これが実に大変だった。このアオウミガメはワシントン条約の規制により輸入することができないのです。国内で八方手を尽くしても見つからず、ようやく小笠原の水産試験場に、たまたま自然死した亀が2匹発見された。

 またウワミズザクラは、かつては御料林にあったのですが、戦後、林野庁の管轄となってからは、どこにあるかわからなくなってしまっていた。そこで奈良の吉野に見当をつけて探していると、奈良の林野関係者で、随分前に「亀卜」でウワミズザクラが必要であることを知り、誰に頼まれたわけでもなく、山中に分け入り、桜の場所を調べておいたという人がいたのです。そうした思いと努力に支えられて、即位の大礼が成り立っていることを痛感しました。

即位礼正殿の儀 宮内庁提供

 これもウワミズザクラでなくてもいいだろう、亀の甲でなくてもいいという考え方も可能です。しかし、それに伴って、儀式に対する思い、真剣さも薄れていかざるを得ない。さらに突き詰めていくと、何もしなくても同じだ、ということになるのではないでしょうか。

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 昭和天皇、そして今上陛下は祭祀を非常に重んじてこられました。『入江相政日記』などを読んでも、祭祀の簡略化に対して、昭和天皇を説得するのが大変だったという記述がありますが、そうした姿勢は今上陛下にも受け継がれています。

 ですから、今上陛下がご公務を減らすことはできない、自分が十分な務めを果たせないのなら天皇の位にとどまるのを潔(いさぎよ)しとしない、というのも、私はなるほどと思うところがあります。

高御座(たかみくら) 宮内庁提供

これが皇室の祈りの姿なのか、と深く感動

 天皇の最も大事なお仕事は祈りです。ある意味では、今上陛下のおつとめのあらゆるもののなかに、祈りがある。たとえば被災地に行かれる、戦争の跡を訪ねられる、こうしたご公務も、今上陛下にとって祈りのひとつの形なのだと思うからです。

 私がこうした思いを強くしたのは、平成7年、阪神淡路大震災のときでした。天皇・皇后両陛下がバスなどで神戸に行かれて、被災地でいろいろな人たちと時間が許す限り、膝をついて語りかけ、激励された。そして皇后陛下がバスの窓から手話で「がんばってください」と励まされた姿を拝見して、これが皇室の祈りの姿なのか、と深く感動したのを覚えています。

 両陛下はこうした「祈り」を貫かれてきた。だから減らせない。それにふさわしい形を崩すこともしてはならない。今上陛下はそう考えられておられるのではないでしょうか。

そうぎ・よしあき 1948年京都府生まれ。1973年、宮内庁京都事務所から掌典職に異動。昭和天皇大喪儀、今上陛下の即位・大嘗祭を担当、伊勢神宮の式年遷宮も二度務める。2014年より御香宮神社権禰宜。

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