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【特別対談】宮城谷昌光(作家)×陣内孝則(俳優)「知られざるホースオーナーの魅力」。

2018/08/10

競馬をこよなく愛する宮城谷昌光氏と、これまで二十頭近くの愛馬を所有してきた陣内孝則氏が競走馬の魅力とロマンを語りつくす。


宮城谷 陣内さんは馬主にもなられていますが、競馬は何がきっかけで始められたんですか。

陣内 ドラマで共演した柳葉敏郎さんが競馬が大好きで、撮影の合間に競馬新聞をにこにこしながら読んでいましてね。競馬ってそんなに人を幸せにするものなんだと思って、馬券を買ってみたのが最初です。宮城谷先生はかなり長いんですか。

宮城谷 ぼくのヒーローは、なんといってもシンザンです。ぼくが東京に来たのが昭和三十八年で、シンザンが有馬記念を勝ったのが昭和四十年の暮れ。そのときは下宿のテレビで見てましたが、ハイセイコー・ブームのときは競馬場にいましたね。陣内さんはどうして馬を持とうと思われたんですか。

親孝行をしたくて馬主に。

陣内 親父がすごく競馬好きだったんです。で、あるとき、親孝行ぐらいしなきゃと思って、親父に一番やりたいことを聞いたら「ウイナーズサークルで口取りをやりたい」って。それで、馬を持ってみようかなと。

宮城谷 ぼくらのころは、馬は歌手の方が持つものだと思っていました。春日八郎さんとか、ああいう人たちがみんな持っていたんですよ。いまなら北島三郎さんとか前川清さんとかね。馬を買うときはどうなさったの。ご自身で馬を見に行かれたの。

陣内 『優駿』という映画を撮った杉田成道監督からノーザンファームの吉田勝己さんを紹介してもらいまして。それで、最初は知り合いの馬主さんと二頭を半分ずつ持ったんです。その一頭が八勝しちゃって、二億円ぐらい稼いだ。それからやめられなくなって(笑)。

宮城谷 それはすごい。陣内さんは“馬運”がある。ご自身の馬が走るときの気持ちというのはどうなんですか。

皆さんに拍手されて、「あ、バレていたんだ」と(笑)

陣内 もう、運動会に行った親の気持ちですよ。出走のファンファーレが聞こえてくると、自分の子どもがこれから走るんだなと思って、ドキドキで。一度、自分の馬がまあまあ人気になっていて、ぼくはこっそりと隠れて応援していたんです。そしたら一着になって、「やった!」と立ち上がった瞬間、馬主席にいるお客さんが全員ぼくのほうを向いて「おめでとう」って。あ、バレていたんだ、と(笑)。でも、皆さん温かく拍手してくださって。あのときは涙がでるほどうれしかったです。

愛馬キクジロウの初勝利でウイナーズサークルに立つ陣内さん(左から4人目)/JRA
愛馬キクジロウの初勝利でウイナーズサークルに立つ陣内さん(左から4人目)/JRA