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木村 草太
2016/11/29

貧困と生活保護 人を死なせる福祉の対応(上・中・下)

旬選ジャーナル 9月9日・23日・30日、ヨミドクター(筆者=原昌平)

source : 文藝春秋 2016年12月号

genre : ニュース, メディア, 医療

木村草太 氏

 日本国憲法は、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、いわゆる生存権を保障する(同二十五条一項)。生存権を具体化するのは、生活保護法だ。「健康で文化的な最低限度」未満の生活状況にある人は、生活扶助や住宅扶助を受け取れることになっている。生活保護法がきちんと運用されていれば、貧困による悲劇は起こらないはずだ。しかし、現に悲劇は続いている。現場で何が起きているのか。

 この点で、読売新聞が運営する医療に特化したウェブサイト「ヨミドクター」が三回にわたって配信した原昌平記者による連載記事「貧困と生活保護 人を死なせる福祉の対応(上・中・下)」は注目すべきだ。原氏は、読売新聞大阪本社編集委員。京大理学部卒で、医療・社会保障を中心に取材を進めて来た。

 原氏は、最近の生活保護に関わる重大事例を紹介する。例えば、二〇〇六年、京都で、生活保護を申請できないまま生活苦に陥った男性が、愛する老母を殺してしまった。裁判では執行猶予になったが、その後、男性は琵琶湖で自殺した。また同年、秋田では、生活保護の申請を却下された三十七歳の男性が福祉事務所の前で抗議の練炭自殺をした。〇七年には福岡で、生活保護の辞退を迫られた男性が餓死。一四年には千葉で、県営住宅から立ち退きを迫られた四十三歳の女性が、十三歳の中学生の娘を殺してしまった。

 あまりにも悲しい事件の報道では、過度に感傷的、詩的になったりすることが多い。同情は集まるが、事件の原因や解決策にはたどり着けない。そんな中、原氏による法的なアプローチは秀逸だ。

 問題の事例は、憲法や生活保護法、社会保障関連法令が適切に運用されていれば、避けられたものばかりだ。例えば、県営住宅からの立ち退きの事例について。千葉県の条例による家賃減免制度を利用すれば、六〇~八〇%の減額が受けられたはずだ。また、市が生活保護についての聞き取りをほぼ拒否したのは、明確な「申請権の侵害」であるとも指摘する。

 行政の対応が違法だと知っていれば、今後、同様のケースにあった当事者は、法を援用しながら、行政に対応を求めることができるようになる。もちろん、当事者は法的知識に乏しかったり、交渉するだけのエネルギーを持たなかったりすることも多いだろう。だから、原記者は、相談先もしっかり提案している。

 なぜ原氏は冷静で実践的なアプローチができるのか。私が印象深く感じるのは、報道の流行や有識者の一方的見解に流されず、自分の頭で考えようとする姿勢だ。

 例えば、十月十四日に配信された「貧困者・弱者をたたく『精神の貧困』」という記事の中で、「日本社会の貧富の差が大きくなる中で、かつて分厚かった中間層の崩壊が進み、没落の不安にかられた中間層がバッシング行動に出ている」との有識者の見方について、「階層的な対立が底流にあることは確か」としつつも、「それが正しいかどうか、材料不足なので筆者は判断を保留します」という。

「貧困と生活保護」の連載は、「貧困のとらえ方や生活保護の仕組みなど、社会のセーフティーネットの問題を長期にわたって詳しく発信してきたことが評価され」、今年九月に第九回貧困ジャーナリズム大賞の特別賞を受賞した。

 日本弁護士連合会は、生活保護の不正受給がわずか〇・五三%であるのに対し、受給資格のある世帯の約八〇%が受給できていない、と指摘している。生存権を実現するには、行政や国民が、正しい法的知識を持たなくてはならない。的確な法的分析を伴った報道が増えてくれば、状況は確実に改善して行くだろう。