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池上 彰
2016/03/17

経済データのまやかし

『21世紀の経済学』『サイロ・エフェクト』『移ろう中東、変わる日本』ほか

source : 文藝春秋 2016年4月号

genre : エンタメ, 読書, 国際

 

観光庁が発表した数字によると、二〇一四年に訪日外国人が旅行で消費した推計額は二兆二七八億円で、前年比で六一一一億円も増えたというのです。実にめでたいこと。

 ところが、観光庁は「日本人の旅行消費額が大幅減」だったことを隠していたというのです。日本人の国内旅行消費額は一兆六〇〇〇億円以上もの減少だったというのです。

 訪日客と合算すると、国内での「旅行消費額は一兆円以上の減少」となったとのこと。聞いてないぞ、と怒りたくなる数字です。目からウロコとは、こういう指摘を言うのでしょう。『21世紀の経済学』で、著者は経済データのまやかしに騙されるなと指摘します。アベノミクスに対する見方は、これで変わるでしょう。

 思わぬ視点で、自分の視野が開ける。これが読書の楽しみのひとつでもあります。『サイロ・エフェクト』とは聞き慣れない言葉ですが、細かく専門化された情報が、それぞれのサイロに格納されているために、全貌が見えなくなっている状況を指しています。

 著者の視点でソニーの失敗を読み解くと、思わぬ姿が立ち現れます。これは、最近問題になっている別の大企業の失敗に通じるものがあると気づきます。

 中東で起きている出来事を、彼女はどう見ているのだろうか。いつも気になる存在。酒井啓子氏が折々に綴った時評がまとまり、彼女の視点をまとめて読めるのが『移ろう中東、変わる日本』です。中東から日本を見返ると、日本の悲しい現実が見えてきます。

 中東のシリアでジャーナリストの後藤健二さんが命を絶たれてから一年が過ぎました。ジャーナリストが危険地帯に赴くことが議論されることにもなった事件。ジャーナリストの生き方を考えるとき、後藤さんの笑顔が脳裏に浮かびます。現場を見ないと、ものが言えない。そう考えるジャーナリストは、まだまだ大勢いるのです。『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』『戦場記者』『中東特派員はシリアで何を見たか』といった本が次々に出版されることが救いです。

 危険地帯に行けば、人質にされることもあるでしょう。『人質460日』は、カナダ人のフリージャーナリストが取材で訪れたソマリアで武装グループに誘拐・監禁された記録です。監禁場所を転々としながら、著者は、監禁された建物に、勝手に名前をつけていたそうです。この精神の落ち着きによって、長期の人質生活に耐えられたのでしょうか。解放された後、著者はソマリアでの人道支援のNGOを組織しました。過酷な目にあっても、ソマリアという国を嫌いにはならなかったのです。

 こうした国際紛争の数々を本によって追体験した後は、なぜこんな事態になってしまったのか、冷静に分析してみることが肝要です。そこから、自分なりの世界の見方が生まれてきます。『国際紛争を読み解く五つの視座』もまた、その一助になることでしょう。

 中東の混乱に大きな責任があるのは、なんといってもアメリカでしょう。そのアメリカでは大統領選挙に向けて、共和党、民主党がそれぞれ候補者選びの真最中。各候補者の集会に顔を出して演説を聞いていると、すっかり「内向き」になってしまったアメリカを実感します。「内向き」は日本ばかりではないのです。

 そこには、ブッシュ前大統領によって始められたアフガニスタン、イラクでの泥沼の戦争に対する嫌悪感が見て取れます。

 アメリカの世界への影響力が急激に衰退する中で、アメリカはどこへ向かおうとしているのか。『スーパーパワー』は、国際情勢を知悉した著者が、アメリカに対して「国内回帰」を呼びかけています。遂にアメリカは撤退するのでしょうか。

『私の1960年代』は、長らく沈黙を守ってきた東大全共闘議長による東大闘争の総括。今こそ読みたい書なのです。

01.『21世紀の経済学』 逢沢明 かんき出版 1500円+税

失敗史の比較分析に学ぶ 21世紀の経済学

逢沢明(著)

かんき出版
2016年2月8日 発売

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02.『サイロ・エフェクト』 ジリアン・テット著、土方奈美訳 文藝春秋 1660円+税

サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠

ジリアン テット(著),土方 奈美(翻訳)

文藝春秋
2016年2月24日 発売

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03.『移ろう中東、変わる日本』 酒井啓子 みすず書房 3400円+税

移ろう中東、変わる日本 2012-2015

酒井 啓子(著)

みすず書房
2016年1月9日 発売

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04.『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』 危険地報道を考えるジャーナリストの会・編 集英社新書 760円+税

ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか (集英社新書)

危険地報道を考えるジャーナリストの会(著)

集英社
2015年12月17日 発売

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05.『戦場記者』 石合力 朝日新書 780円+税

戦場記者 「危険地取材」サバイバル秘話 (朝日新書)

石合 力(著)

朝日新聞出版
2015年12月11日 発売

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06.『中東特派員はシリアで何を見たか』 津村一史 インプレス 1700円+税

中東特派員はシリアで何を見たか 美しい国の人々と「イスラム国」

津村 一史(著)

dZERO(インプレス)
2015年11月30日 発売

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07.『人質460日』 アマンダ・リンドハウト、サラ・コーベット著、鈴木彩織訳 亜紀書房 2700円+税

人質460日――なぜ生きることを諦めなかったのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-4)

アマンダ・リンドハウト(著),鈴木 彩織(翻訳)

亜紀書房
2015年9月26日 発売

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08.『国際紛争を読み解く五つの視座』 篠田英朗 講談社 1850円+税

09.『スーパーパワー』 イアン・ブレマー著、奥村準訳 日本経済新聞出版社 2200円+税

スーパーパワー ―Gゼロ時代のアメリカの選択

イアン・ブレマー(著),奥村 準(翻訳)

日本経済新聞出版社
2015年12月19日 発売

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10.『私の1960年代』 山本義隆 金曜日 2100円+税

私の1960年代

山本 義隆(著)

金曜日
2015年9月25日 発売

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