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8月23日、カープに起きた「奇跡」をもう一度

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/08/29
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9回裏、奇跡は起きた

 そして3点差のまま迎えた9回裏。

 一度出たアウトがリクエストでひっくりかえった野間が二塁。ヒットのバティスタが一塁。ツーアウト。

 前回の近藤投手の好投が私のなにかを消火、続く石山投手も好調で投げるボールも落ち着いて見えた。

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 打席には丸。

 この時。ほんとうのほんとうに夢想したのだ。いや、プロ野球の試合を見ている人なら誰でもそうかもしれない。ここで一発たのんます。ここでホームランが出たら。みんなが思うことであり珍しくもなんともない気持ちかもしれないが、ほんとうにこのときの私の気持ちはそれともまた違っていた。

 結果、丸のスリーラン、続く誠也のサヨナラホームランで夢は現実になった。

8月23日のヤクルト戦、サヨナラ本塁打を放った鈴木誠也

ファンの願うことをすべて実現、いわば奇跡

 文字で書くのが難しいが、それだけならよくあることなのだ。

 パチンコでなんかこの台出そうだと思ったら出た。とか。それはある。

 だがそれとは絶対に違っていたのだ。

 この夜、あのとき。丸はホームランを打つのではないかと思ったし、誠也も続くのではないかと思った。

 その思ったことが目の前で次々と現実になった。

 これは平たくいえば、ファンの願うことをすべて実現してしまったわけで、いわば奇跡である。

 いや、よくあることなのかもしれないが、本当にあの瞬間。もうどうかしてると思われてもいいから書いてしまおう。

 カープと私は一体化した。

 おおげさではないのだ。

 エヴァンゲリオンに人類補完計画というのがあったが、まさにそれかもしれない。何体ものエヴァー建造、使徒との対決を乗り越えて、やっと実現した人類補完計画。それがここに起きた。

 カープと私が一体化した夜だった。

 で、それは初めての感覚ではなかった。

 似たような感覚を30年以上前のカープに感じたことがある。神宮球場に向かうタクシーの中に私はいた。タクシーのカーラジオから試合の中継が流れていた。ここで一発出れば、という状態だった。私は一発出るような気がした。ここで出たら私の球場到着は間に合わないが、出るような気がした。そのときの気持ちに似ている。何十年もプロ野球を見てきて、似たような気持ちはあのとき一回だけしかない。そのときも出た。打ったのは山本浩二だった。

 30年か35年ぐらい前の、たったいちどの感覚。が、もしかしなくてもその時は扉が開きかけたか開いたかもしれないという感じである。今回ははっきりと開いた。奇跡の扉が開いた。

 今夜は眠れないかもしれないと思ったら本当に朝まで眠れなかった。横になる気がしなかった。夜明け前に部屋でひとり、酒を飲んだ。そしてやっと寝た。

締め切り時間を過ぎているが、話はここからが本番である

 さて。

 話はここからが本番である。

 エヴァンゲリオン同様、すべてはここからである。

 何十年に一度の劇的な勝利。

 冷静な緒方監督をして「数々経験してきた試合のなかでいちばんの思い出」という言葉を使った特別な試合。

 その翌日。

 ふつうに考えたら超絶好調で迎えるその試合は勝っておかしくない試合である。

 相手はカード変わってドラゴンズ。

 その時点で17.5のゲーム差があり、順位的にも首位と最下位。

 ではあったのだが、これがやはりプロ野球のおもしろいところである。

 この原稿の締め切り時刻を大きくすぎているので結論を記すが、その夜、カープはドラゴンズに敗れた。一昨年だったか、場所はナゴヤドームだったと思うが同点で登板して火だるまになった祖父江投手がこの夜は一発を浴びたあとも気迫溢れる力投を見せた。

 祖父江大輔には祖父江大輔の物語がある。ここでは締め切りの関係もあり割愛するが、プロ野球は頑張ってる人間たちの交差点ヒューマンスクランブルである。

 誰かの思ったようにはならない。

 5割復帰をめざし、4カード連続勝ち越しをめざして広島に乗り込んだスワローズにはスワローズファンの願いがある。

 昨夜のジャイアンツ戦で言えば最終回4点を取って反撃したが、それはジャイアンツファンの期待である。あと5点取れば追いつく、6点取れば逆転、という夢も願いもある。このまま終わるわけにはいかない。このまま終わらせたい。ダイヤモンドはそんな相反する人々の気持ちが交錯する場所である。だからやはりなにがあっても不思議ではないのだ。

 締め切り時間を大きくすぎて、たいへん申し訳ないのですがまだ書いてる。なにを書きたいのかというと、やはりつまるところ、23日の出来事は一生に一度あるかどうかのことだったように感じている。失礼しました。

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