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速報

「なぜ高畑勲さんともう映画を作りたくなかったか」――鈴木敏夫が語る高畑勲 #1

鈴木 敏夫2018/08/10

死ぬまでにもう1本高畑の作品が見たい

 氏家さんは徳間書店の社長、徳間康快と同じ読売新聞の出身。経営者としても仲がよく、徳間の葬儀では弔辞を読んでもらいました。そのお礼を言いに訪ねていくと、氏家さんはしみじみと語りました。「徳さんはすごかったな。会社から映画まで自分でいろんなものを作った。あの人は本物のプロデューサーだった。おれの人生は、振り返ると何もやってない。70年以上生きて、何もやってない男の寂しさが分かるか」

 僕は返答に困って、愚にもつかないことを言いました。「マスメディアの中で大きな役割を果たしているじゃないですか。日本テレビの経営を立て直したのも氏家さんでしょう」。氏家さんは「ばかやろう!」と怒鳴りました。「読売グループのあらゆるものはな、ぜんぶ正力(松太郎)さんが作ったものなんだ。おれたちはそれを維持してきただけだ。おれだって何かひとつ自分でやってみたい。そうしなければ死んでも死にきれない」。真剣な表情でした。

 氏家さんにはジブリ美術館の理事長を務めてもらっていたこともあって、その後、毎月一度「報告」と称して会いに行くことになりました。その場で不意に「高畑はいま何をやっているんだ」と聞かれたんです。「おれがジブリの作品の中でいちばん好きなのは『となりの山田くん』だ。そりゃあ万人受けする作品じゃないかもしれない。でも、死ぬまでにもう1本、おれはどうしても高畑の作品が見たい。おれの死にみやげだ。頼むぞ」

 そこまで言われても、僕としてはやる気になれませんでした。でも、氏家さんは会う度に「どうだ、決まったか」と聞いてくる。「いろいろ検討しているんですけど……」と誤魔化していたんですが、あるとき氏家さんが怒りだしました。「高畑が作ることができない理由が分かったぞ。原因はおまえだろう!」

©文藝春秋

スタッフがみんなボロボロになる

 ばれたら仕方ありません。僕は開き直って、高畑作品を作ると何が起きるのかを説明しました。「お金もかかりますし、締め切りを守らないということもありますが、それだけじゃないんですよ。問題は作り方なんです。まわりの人間を尊重するということがない人なんで、スタッフがみんなボロボロになるんですよ。おまけに、ジブリはこうやって作るんだという、これまで培ってきたスタイルにまで手をつける。そうすると会社が滅茶苦茶になっちゃうんです」

 絵コンテを作り、それを元にレイアウトを描いて、原画マンがキーになる絵を描く。そして、その間を動画マンが埋めていく。そういう日本のアニメーション制作の基本システムは高畑さんたちが作ったものです。でも、高畑さんは『山田くん』のとき、そのシステムをやめたいと言いだした。ひとりの人間が描いた線で作りたいというんです。自分で作った方法論を否定して、新たに作り直す。創造と破壊と再生。そう言えばかっこいいけれど、現実には50人からいる動画マンの仕事はなくなり、ひとりで線を描かされるアニメーターは疲弊して壊れてしまう。それでも、高畑さんはやりたいと言いだしたら聞きません。スタッフは次々に倒れ、消えていきました。それを知った宮さんは「鈴木さん、どうなってるんだ!」と激怒しました。「おれはこのスタジオを守りたい」。宮さんの気持ちはよく分かりました。

 高畑さんがやろうとしたことは、娯楽アニメーション映画の枠を完全に越えていたんです。芸術作品を作るのと同じやり方で作ったわけですから、それはいいものができます。絵画における印象派の作品をアニメーションで作ったらこうなる、というのが『山田くん』でした。のちにMoMA(ニューヨーク近代美術館)でジブリ作品の回顧展が行われたときに、担当者が「一本だけ図抜けてすばらしい作品がある。パーマネントコレクションに加えたい」と言ってきたときも驚きませんでした。それだけの態勢を組んで作った作品だったんです。

 そういったもろもろを説明しても氏家さんは諦めず、高畑作品にこだわりました。それで仕方なく、僕は高畑さんと企画を相談することになるんです。

#2につづきます

「ジブリの教科書19 かぐや姫の物語」 より転載

(インタビュー・構成 柳橋 閑)

すずき・としお/1948年名古屋市生まれ。株式会社スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。慶應義塾大学卒業後、徳間書店入社。『月刊アニメージュ』編集部を経て、84年『風の谷のナウシカ』を機に映画制作の世界へ。89年よりスタジオジブリ専従。著書に『仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場』『ジブリの哲学』『風に吹かれて』『ジブリの仲間たち』『ジブリの文学』『人生は単なる空騒ぎ 言葉の魔法』『禅とジブリ』など。最新刊は『南の国のカンヤダ』。

ジブリの教科書19 かぐや姫の物語 (文春ジブリ文庫)

スタジオジブリ(著)

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2018年8月3日 発売

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