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「緊張の糸は、高畑さんが亡くなってもほどけない」――鈴木敏夫が語る高畑勲 #3

2018/08/12

  今年4月、映画監督の高畑勲さんが亡くなった。プロデューサーとして支えてきたスタジオジブリの鈴木敏夫氏が語る高畑さんの記憶――それは決して美談ではなかった。(#1#2より続く最終回)

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 この作品はいつ完成し、世の中に出せるのか。僕としてはいっさい考えていませんでした。完成したときに公開すればいい。そう腹を括って、予算を含めた態勢を組んでいたんです。間に合う間に合わないですったもんだすることに、ほとほとうんざりしていたということもあるし、高畑さんに気のすむまでやってもらおうという気分もありました。結果的に8年の歳月をかけて、日本映画史上最大の50億円もの予算を費やすことになるわけですが、僕としてはいっさい焦りを見せないようにしていました。

「かぐや姫」と「風立ちぬ」同時公開というアイデア

 それでも、完成の目処がついたと報告を受けたときは心が揺らぎました。というのも、西村が言ってきた時期は2013年の夏。『風立ちぬ』と同じタイミングだったんです。そこで僕は「同時公開」というアイデアを思いつきます。師弟にして生涯のライバルでもある2人の巨匠が、『となりのトトロ』『火垂るの墓』以来、25年ぶりに同時公開で火花を散らすとなれば、大きな話題を呼ぶことは間違いありません。個人的にも、同じ日に作品が公開されて、どっちにお客さんが来るのか、作品の評価はどう分かれるのかということに興味がありました。

鈴木敏夫氏 ©文藝春秋

 そこで、僕は高畑さんのところへ向かい、計画を説明しました。ところが、高畑さんの返事は芳しくなかった。「そうやって煽って、この作品を公開しようということですか」「そうです。お金もかかってますし、お客さんに来てもらって、回収もしたいですからね」。僕が答えると、高畑さんはそういうことには協力したくないと言いだしました。ある時期から、高畑さんは僕の行う映画宣伝がプロパガンダ的だといって、批判的になっていたんです。

 結果的に『かぐや』の進行は再び遅れだして、公開は11月に延びることになりました。それによって同時公開の夢は潰えるわけですが、僕はそれならそれでいいと思ったんです。こうなったら意地と意地のぶつかり合い。どこまでも我慢比べをしてやろうと決めました。

揉めたキャッチコピー

 宣伝をめぐっては、キャッチコピーでも揉めることになりました。僕が考えたコピーは「姫の犯した罪と罰。」というものです。高畑さんが最初に書いた企画書にも書いてありましたし、そもそも原作のテーマでもある。それ以外にはないだろうと考えていました。ところが、高畑さんに見せるや、また顔色が変わった。そして不機嫌そうに、「最初にそう考えたのは事実です。でも、そのテーマはやめたんですよ」と言います。

 高畑さんは宣伝コピーに対しても、独自の一貫した方針を持っています。「作品について間違ったことを言っていなければそれでいい」というものです。それに照らして言うと、「罪と罰」はやりたかったテーマだけれど、実際にはできなかったことだから、間違ったコピーになるというわけです。

 そう言われたらしょうがない。新しいコピー案を作って持っていきました。そちらは間違っていないということで認めてくれたんですが、僕も腹の虫が収まらなかったんでしょうね。「これなら問題がないというのはよく分かりましたけど、関係者に評判がいいのは『罪と罰』のほうなんですよね」と言ってしまったんです。そうしたら、高畑さんは不愉快そうに、「分かりました。もういいです。勝手にやってください」と言いました。

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