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2018/08/12

ポスターに怒鳴りまくる

 それで「罪と罰」を使って第一弾ポスターを作ることになるんですけど、それをめぐってまた一悶着が起きるんです。ポスターの試し刷りをするにあたって、ひとつは原画に忠実な色、もうひとつは蛍光ピンクを入れてちょっと派手にしたものを作りました。それを持っていくと、派手なほうを見て、高畑さんは怒りだしました。「あなたはこんなふうに作品を売りたいのか!」。高畑さんが怒鳴りまくる中、僕が黙っていると、たまたまその絵を描いた男鹿和雄さんがやってきました。高畑さんとしては我が意を得たりと思ったんでしょう。「男鹿さん、どう思いますか」と聞いた。そのとき一瞬、僕と男鹿さんの目が合いました。すると、男鹿さんは「こっちでいいんじゃないですか」と派手なほうを指さしたんです。高畑さんとしては悔しかったでしょうね。

©文藝春秋

 この問題はさらに尾を引きます。その後、制作がだいぶ進んでから、高畑さんが「あのコピーのおかげで僕は迷惑している」と言ってきたんです。昨今は宣伝コピーといえども、映画を見に来るお客さんの心理に一定の影響を与えている。それを踏まえると、「姫の犯した罪と罰。」というコピーに作品を寄せなければいけない。仕方がないから、台詞を足すことにしたというんです。「そのことは覚えておいてください」と念を押されました。そして、インタビューを受けるたびに、高畑さんは「あのコピーは間違っています」と言い続けました。

 つまり、『かぐや姫の物語』という映画は、高畑さんと僕との勝負の場でもあったんです。だから、なかなか冷静に作品を見ることはできません。ただ、完成した映画を見たとき、率直にすごいと思ったのは、かぐや姫をひとりの女性として捉えていたことです。初潮のシーンを含めて、女性というものを完璧に描いてみせた。そんなことができる監督は他にいない。その一点をとっても、本当によくできた映画だと思います。

「高畑さんは僕のことを殺そうとした」

 どんな人の人生にも功罪両面があるし、映画監督という仕事をしている以上、いつもいい人でいることはできません。人の人生を変えてしまうこともあるし、ときには恨まれることもある。とくに高畑さんの場合、いい作品を作ることがすべてであって、その他のことにはまったく配慮しない人でした。よくいえば作品至上主義。でも、そのことによって、あまりにも多くの人を壊してきたことも事実です。

『火垂るの墓』の作画監督を務めた近藤喜文もそのひとりでした。最初で最後の監督作となった『耳をすませば』のキャンペーンで仙台を訪れた日の夜、高畑さんのことを話しだしたら、止まらなくなりました。「高畑さんは僕のことを殺そうとした。高畑さんのことを考えると、いまだに体が震える」。そう言って2時間以上、涙を流していました。彼はその後、病気になり、47歳で亡くなってしまいます。火葬場でお骨が焼き上がるのを待つ間、東映動画以来、高畑・宮崎といっしょに仕事をしてきたアニメーターのSさんがこう言ったんですよ。「近ちゃんを殺したのは、パクさんよね」。瞬間、場の空気が凍りつきました。ある間をおいて、高畑さんは静かに首を縦に振りました。